2026年 04月 01日
Denver Nuggetsに習う |
NBAシーズンが始まって以来、Nugetsの試合を観れる限り観戦している。
次々にスターターの面々が負傷し、歯が抜けるように休戦を強いられ、それでもベンチを温めるはずだった選手が奮闘してここまでたどりついた。
決勝戦まであと6戦。
残れそうだ。
いまやっともともとのスターターの顔ぶれがほぼ揃った。
どの試合を観ていてもはらはらさせられた。
悠々と勝ったのはいくつもあったか。
心臓疾患のあるわたしは左胸をおさえながら観た。
はらはらさせられるから、なお愛おしいのかもしれない。
セルビア出身のJokicは、Nuggetsのリーダーだ。
プレイそのものも素晴らしいが、彼の姿勢がすがすがしい。
大きな体をもてあましているような動きで、これでシュートが決まるのか、というぎこちなさがあるのに、ちゃんと結果を生んでいる。
おのずのシュートだけでなく、アシストやパスもいい。
”シュートが決まると自分だけハッピーだけど、アシストしてシュートが決まるとみんなハッピーなんだ”
というコメントは拙いようだけど、それこそ、チームワークを尊重している。
2023年にデンヴァー・ナゲッツは優勝した。
その際のインタビューで、それも嬉しいがセルビアに帰省して馬の世話をするのが待ちきれなくて、デンヴァーに戻って祝賀パレードしなきゃ帰れないのか、とうなだれた彼はまた異端児だ。
彼を慕うさらに若い選手との意思疎通も微笑ましく、彼らはJokicのアドヴァイスを熱心に聴いている。
彼らがパスしあうごとに、互いにラブコールをしているように、わたしには見える。
Nuggetsにはいい選手ばかりだが、わたしが特に今シーズン贔屓にしているのは、BrownとHardaway。
Brownは鯰のような顔をしていて、ひょうきんなキャラクターだ。
このひとがいると、和む。
Hardawayは、与えられた持ち場を忠実に守り、確かなプレイをする。
Hardawayがコートに出ているときには、不思議になにかここはだいじょうぶ、と呼吸を整える余裕ができる気がする。
ロッカールーム入りする選手をカメラがとらえるとき、彼らは視線を前にただ歩くのに、Hardawayだけは、並ぶジャーナリストに会釈を返していた。
媚ではなく、自分と同じく仕事をしている相手をねぎらう姿勢があった。
NBAのジャージーなど興味がなくて持ち合わせもないけれど、いつか求めることになるなら、どちらかの選手のがいい。
みあは土曜日スノーボードに出かけて、日曜日寄ったら、運動不足の体のあちこちが痛いと苦笑いしていた。
転ぶのがこわいから転びたくなくて、からだが余計こわばったそうだ。
ケイトリンは転ぶのをこわがってないから、転びじょうずで上達がはやい、とみあが認める。
バスケットボールを観戦しても、転ぶのも技のうちだと納得する。
転び慣れていて、それさえもしなやかだと負傷しにくいようだ。
転ぶたびにチームメイトが手を貸して立ち上がらせてくれるのもまたいい。
対戦相手が手を貸してくれることさえある。
誰かが手を貸してくれるまで転んでいる。
そうやって撥ねがるのも安全のうちなのかもしれない。
転ぶのをこわがっていてはいけないなあ、と思う。
跳ね起きるのがつらいときには、人の手を待っていてもいいのだなあ。
何度ころんでも、立ちあがれればなにごとも上達するのだと思う。
スノーボードで遊んだあと、駐車場で撮ったビデオを見せてくれた。
トラックにカラオケ機材を積んだグループと一緒に、トラックの荷台をステージにマイクをつかんで振り付きで歌っているのは、ケイトリン、続いてジェラッド。
ふたりともこれ以上音痴になれるかというほどの音痴なのに、絶叫して歌っている。
ふたりともまったく飲酒しない。
飲酒しなくて、まっ昼間から、こんなに愉しいのだ。
動画をお見せできなくて残念。
”青春”ってこういうことかなあ。
まっただなかにいる本人たちにはわかってないかもしれない。
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by ymomen
| 2026-04-01 01:16
| アメリカの季節
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