2026年 04月 14日
ずっと26歳 |
順子さんとカナスタの面々でハイキングに出かけて咲いていた花。
Eastern Pasqueflower
茎、葉、花、全体にオーラみたいにうぶ毛が覆っていて、ほのかな透けるような薄いラヴェンダー色の花は、そこだけ幻のように輝いていた。
ほんとうにそこに根を生やしているのか、どんな柔らかさなのだろう、と触れたいけれど、触れては冒涜するようで、そっと写真にうつした。
初めて見る花。
まだまだ存在さえも知らない美しいものは世の中にたくさんある。
何日咲いているのか知らない。
何人の目に留まるのかも知らないけれど、この可憐な花は咲いている。
順子さんはいつもそう言ってくれる。
彼女とわたしが初めて会ったのが26歳で、わたしは彼女の眼には変わらない、のだそうだ。
でもほんとうは違う。
順子さんに出会ったのは、結婚してからみあが生まれる前のこと。
結婚したのは29歳で、しばらくデンバーに住んでからこの街に移り住んで、まだみあを身籠る前のことだから、30歳にはなっていて、35歳未満ということには間違いない。
でもせっかく時を遡って勘違いしてくれるのを正すのも勿体ないし、順子さんと共有できた年月が延長したみたいなのがうれしいから、黙っている。
もうじき62歳になる。
ひっくり返したら26歳。
いま、みあが26歳。
自分の年齢をひっくり返したら、みあかあきらの年齢と同じ、ということに気がついたのは初めてだけど、いままでそんなことがあったかしら。
これからもあるのかな。
26歳。
なにもかもこれから、なにをしても自由、という年齢だ。
わたしは、というと、これからどういうふうに人生を閉じていくか、とつい考える。
26歳になったみあは、わたし、もう若くないね、と呟いたのに、そんな若さでなんていうことを言うんだろうと思ったけれど、わたしもそのころはそう思った気もした。
40歳になったときも、これから何かを始めるなんて、などと情けないことを思った覚えもある。
62歳になれば、40歳なんてまだまだ若い。
みあとあきらが就いているひとは、80歳を過ぎていて、美術館を立ち上げる準備をしている。
ジョーは矍鑠としていて、フィレンツエ、イタリアにその姉妹美術館がすでにあり、そこでここの開館祝いをしてもらうのに、昨日夫妻で飛んでいる。
わたしだったら、80歳でそんな大事業を始めて、それが形になる前に自分が逝ってしまうのではないかとしりごみするだけではないだろうか。
いつ死んでも、何かをしている最中なんだから、ジョーみたいに大きいことをしていて死にたい気もしてきた。
せっかく順子さんがわたしは26歳のまま、と言ってくれるのだから、そういうつもりで生きてもいいか、とも思う。
26歳のとき、どんなふうに暮らしていたか。
夫となるひとと同居してはいたけれど、結婚なんて考えていなかった。
この先どう生きたいということも考えていた記憶もない。
不安に感じなくて、ぼんやりしていたんだなあ。
いまもぼんやりだけど、不安はある。
それでもいまを憎むわけでもない。
心配事は生きるにつれて増える一方で、こどものようにいろいろ難しいことを考えないで生きてみたいとも思うけど、経験を重ねてここまでやってきたのだからそこまで戻ることは不可能だ。
別に人生のあの瞬間まで逆戻りしてやり直したいという願いもない。
そんなことが可能になれば、後戻りしながら、ああ、やっぱりこういうのもよくなかったんだ、と悔やむ繰り返しになりそうだ。
人生は一度きりだからこそかけがえがないのだと思う。
#
by ymomen
| 2026-04-14 00:33
| アメリカの季節
|
Trackback
|
Comments(4)















