2008年 05月 04日
"Recipes for a small planet" |
"Recipes for a small planet"
著者は、Ellen Buchman Ewald.
ヴェジタリアンの料理本。
1973年に初版。

限られた地球の資源を意識して、食生活を見直そうというのがその根本。
1パウンドの肉を育成するには、21パウンドの植物性蛋白質をその動物が摂取して形成される。
それにかかるエネルギーを思えば、人間が植物性の食品を食べればはるかにエコフレンドリーだという考えです。
ステーキも好きで、時々いただきますが、週に6日はお肉がなくてもいいなあ、というのがわたしの食生活です。
加工食品の添加物、加熱プロセス、過剰なパッケージをも不合理、不健康だということを指摘しています。
精製してしまった穀類や砂糖などの加工品がどれだけ体に悪影響を及ぼし、ゴミを増やし、高価であり、それがごく一般の家庭の食生活の大きな部分になっているかを思い知らされます。
30年以上前に出版された本で、レシピとしては改良の余地があると思うものもありますが、その底辺にあるフィロソフィーは、いまも新鮮です。

野菜や果物をいただいたあとは、むいた皮などをコンポーストにして土に還元して、収穫物が吸い取った栄養分を戻そうという助言も含まれています。
それがすなわちゴミ削減にもなります。
いま、Whole Foodsなどの大型な自然食品のマーケットもあちこちにありますが、わたしが通っているのは小さなお店です。
わたしの住む街には、そういうお店しかないからなのですが。
当たり前のスーパーマーケットに比べたら、その規模は3分の1くらいでしょうか。
でも、自然食品のお店には加工品が少なく、なるべく素材をそのままの姿で並べられているから、商品の数が少ないのは当たり前なのですね。
スーパーマーケットには、大きな通路いっぱいに何十種類というシリアルが、シリアルだけずらりと並べられている列があるくらいです。
同じく、それぞれスープの缶詰めや、キャンディ、クッキーとずらりと数え切れない種類が陳列されています。
箱詰め袋詰めの加工品だらけです。

この本は、学生だったころ、特定のグループのあいだで愛用されていました。
薬くさいようでいて、日なたのにおいがするようなハーブのエッセンシャル・オイルをコロンの代わりに使っていたわたしたちでした。
わたしたちは独特の”ニオイ”を持ったグループだったと思います。
水のペットボトルが一般的になる前で、わたしたちはメイソンのガラスの瓶にハーブティーをなみなみ入れて、持ち歩いていました。
この本を教えてくれたのはメアリー。
そのころいちばん近しかったメアリーは、ブロンドの髪をひっつめにして、大学のある街の反対側から自転車で通っていました。
彼女は友人数人と家を借りて住んでいて、まるで一昔前のヒッピーの世代に属しているような暮らしぶりを実践していました。
メアリーのことは、以前の記事にも書いています。
彼女と授業の合間に芝生に座って、この本を見ながら、あれを作ろうこれを作ろうと額を寄せ合って話したものです。

週末に彼女の家で集まるパーティーには、この本のレシピがいくつか登場しました。
ラザニアや、スープ。

メアリーには当時、ピートというレコード屋さんでアルバイトしているポニーテールのボーイフレンドがいて、そこにある女の子が現れて、ピートを”ゆうわく”してとりあげてしまったことがありました。
それから何年もたって、わたしがデンバーに移り住んで、”アルファルファ”という自然食品で買い物していたら、肉を並べているガラスケースの向こうに、ピートが働いているのを見て、あらこんなところで!という再会がありました。
ヨーロッパを長く放浪していたメアリーがわたしに会いにきたときに、
”ピートはブッチャー(肉屋さん)になってるよ”
と言ったら、そのわたしの話しぶりがおかしいと、笑っていました。
メアリーとつきあっていたときは彼だってヴェジタリアンだったから、ブッチャーになっちゃった、というのがわたしとしては、おかしいなあ、と。
とにかく、ピートとメアリーの仲が終わってからは、ほどなく新しいボーイフレンドができました。自転車屋でアルバイトするドレッドヘアのジョー。
メアリーの影響を受けて、ジョーも大学に通うようになり、ふたりで自転車にのって大学に通っていたのを、わたしが車で追い越した日々を懐かしく思い出しています。
で、例のピートを横取りしてしまった女の子は、こんどはジョーにちょっかいを出すようになったのです。
どうも、彼女はメアリーのボーイフレンドが欲しくなるようでした。

さっき、ヒヨコマメ入りのスープを作っていて、野菜を刻んだのですが、セロリのにおいが指に残っています。
この香りに学生のころのわたしたちは似ていたかもしれないなあ、と今思います。

著者は、Ellen Buchman Ewald.
ヴェジタリアンの料理本。
1973年に初版。

限られた地球の資源を意識して、食生活を見直そうというのがその根本。
1パウンドの肉を育成するには、21パウンドの植物性蛋白質をその動物が摂取して形成される。
それにかかるエネルギーを思えば、人間が植物性の食品を食べればはるかにエコフレンドリーだという考えです。
ステーキも好きで、時々いただきますが、週に6日はお肉がなくてもいいなあ、というのがわたしの食生活です。
加工食品の添加物、加熱プロセス、過剰なパッケージをも不合理、不健康だということを指摘しています。
精製してしまった穀類や砂糖などの加工品がどれだけ体に悪影響を及ぼし、ゴミを増やし、高価であり、それがごく一般の家庭の食生活の大きな部分になっているかを思い知らされます。
30年以上前に出版された本で、レシピとしては改良の余地があると思うものもありますが、その底辺にあるフィロソフィーは、いまも新鮮です。

野菜や果物をいただいたあとは、むいた皮などをコンポーストにして土に還元して、収穫物が吸い取った栄養分を戻そうという助言も含まれています。
それがすなわちゴミ削減にもなります。
いま、Whole Foodsなどの大型な自然食品のマーケットもあちこちにありますが、わたしが通っているのは小さなお店です。
わたしの住む街には、そういうお店しかないからなのですが。
当たり前のスーパーマーケットに比べたら、その規模は3分の1くらいでしょうか。
でも、自然食品のお店には加工品が少なく、なるべく素材をそのままの姿で並べられているから、商品の数が少ないのは当たり前なのですね。
スーパーマーケットには、大きな通路いっぱいに何十種類というシリアルが、シリアルだけずらりと並べられている列があるくらいです。
同じく、それぞれスープの缶詰めや、キャンディ、クッキーとずらりと数え切れない種類が陳列されています。
箱詰め袋詰めの加工品だらけです。

この本は、学生だったころ、特定のグループのあいだで愛用されていました。
薬くさいようでいて、日なたのにおいがするようなハーブのエッセンシャル・オイルをコロンの代わりに使っていたわたしたちでした。
わたしたちは独特の”ニオイ”を持ったグループだったと思います。
水のペットボトルが一般的になる前で、わたしたちはメイソンのガラスの瓶にハーブティーをなみなみ入れて、持ち歩いていました。
この本を教えてくれたのはメアリー。
そのころいちばん近しかったメアリーは、ブロンドの髪をひっつめにして、大学のある街の反対側から自転車で通っていました。
彼女は友人数人と家を借りて住んでいて、まるで一昔前のヒッピーの世代に属しているような暮らしぶりを実践していました。
メアリーのことは、以前の記事にも書いています。
彼女と授業の合間に芝生に座って、この本を見ながら、あれを作ろうこれを作ろうと額を寄せ合って話したものです。

週末に彼女の家で集まるパーティーには、この本のレシピがいくつか登場しました。
ラザニアや、スープ。

メアリーには当時、ピートというレコード屋さんでアルバイトしているポニーテールのボーイフレンドがいて、そこにある女の子が現れて、ピートを”ゆうわく”してとりあげてしまったことがありました。
それから何年もたって、わたしがデンバーに移り住んで、”アルファルファ”という自然食品で買い物していたら、肉を並べているガラスケースの向こうに、ピートが働いているのを見て、あらこんなところで!という再会がありました。
ヨーロッパを長く放浪していたメアリーがわたしに会いにきたときに、
”ピートはブッチャー(肉屋さん)になってるよ”
と言ったら、そのわたしの話しぶりがおかしいと、笑っていました。
メアリーとつきあっていたときは彼だってヴェジタリアンだったから、ブッチャーになっちゃった、というのがわたしとしては、おかしいなあ、と。
とにかく、ピートとメアリーの仲が終わってからは、ほどなく新しいボーイフレンドができました。自転車屋でアルバイトするドレッドヘアのジョー。
メアリーの影響を受けて、ジョーも大学に通うようになり、ふたりで自転車にのって大学に通っていたのを、わたしが車で追い越した日々を懐かしく思い出しています。
で、例のピートを横取りしてしまった女の子は、こんどはジョーにちょっかいを出すようになったのです。
どうも、彼女はメアリーのボーイフレンドが欲しくなるようでした。

さっき、ヒヨコマメ入りのスープを作っていて、野菜を刻んだのですが、セロリのにおいが指に残っています。
この香りに学生のころのわたしたちは似ていたかもしれないなあ、と今思います。

by ymomen
| 2008-05-04 10:02
| 特別な本
|
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Comments(8)
Recipes for a small planet
この本、私も読みました。肉を育てるのにその敷地と餌、
エネルギー消費量、おどろきで胸がいっぱいになりました。
豆にしょう・・・そう思い実行されていない現実です。
中国農村部では滅多に肉を口に出来ません。
小麦と野菜、一滴の油も貴重です。
そんな彼らは健康で笑顔で
年に何回かの肉で満足しています。
エコな生活そのもの
・・焼肉食べたいといいながらペットボトルを飲んでいる
自分が恥ずかしくなります。
ハーブのエッセンシャルオイルをコロン代わりに・・。
セロリを刻んだ香りが学生時代を想い浮かべるもめんさん
ユニークで可愛らしくて思わず微笑んでしまいました。
私の学生時代は野生の動物の匂いかな・・ウゥー
この本、私も読みました。肉を育てるのにその敷地と餌、
エネルギー消費量、おどろきで胸がいっぱいになりました。
豆にしょう・・・そう思い実行されていない現実です。
中国農村部では滅多に肉を口に出来ません。
小麦と野菜、一滴の油も貴重です。
そんな彼らは健康で笑顔で
年に何回かの肉で満足しています。
エコな生活そのもの
・・焼肉食べたいといいながらペットボトルを飲んでいる
自分が恥ずかしくなります。
ハーブのエッセンシャルオイルをコロン代わりに・・。
セロリを刻んだ香りが学生時代を想い浮かべるもめんさん
ユニークで可愛らしくて思わず微笑んでしまいました。
私の学生時代は野生の動物の匂いかな・・ウゥー
0
普通に気の向くままに頂きたいものを頂ける、とても贅沢な日々を送っています。
世の中にはいろいろな国や人間がいて、本当に贅沢なことをしていると思います。
ヴェジタリアンになれるのか、、、難しい問題です。
もう少し時間を経て考えてみます。
momenさんの学生時代のお話、それと並行して思い出す自分の青春時代が、もう取り戻せない時間。。。もっと、大切に使えば良かったと。自分の若いときはなんと愚かなときであったかと、振り返っています。
世の中にはいろいろな国や人間がいて、本当に贅沢なことをしていると思います。
ヴェジタリアンになれるのか、、、難しい問題です。
もう少し時間を経て考えてみます。
momenさんの学生時代のお話、それと並行して思い出す自分の青春時代が、もう取り戻せない時間。。。もっと、大切に使えば良かったと。自分の若いときはなんと愚かなときであったかと、振り返っています。
もめんさんの昔話、いつも映画の1シーンか小説の1章のように読ませてもらっています。
日本の・・・バブルの頃学生だった私とは随分違う学生生活のお話、とても新鮮です。
メアリーの新しい彼、ジョーはゆうわくされてもなびかなかったんでしょうか?読んでいて続きが気になってしまいました^^
日本の・・・バブルの頃学生だった私とは随分違う学生生活のお話、とても新鮮です。
メアリーの新しい彼、ジョーはゆうわくされてもなびかなかったんでしょうか?読んでいて続きが気になってしまいました^^
白い恋人さん、
コメントを拝読して、餃子という料理はわずかな肉の風味を最大限に生かして小麦粉と野菜を味わう料理なのだろうか、と思いました。
中国農村部では肉が貴重というのは知りませんでした。
豚や鶏など、豊富に召し上がっておられるのだろうと思い込んでおりました。
焼肉も好きです。
滅多に食べないけど、とても好きです。
ペットボトルの水も肉もうちでも日常のものですよ。
夫はどうしてもお肉、食べたがります。
ソーダ類を常飲していたひとだから、同じように瓶詰めにしているものなら、水のほうがまし、と思って甘やかしております 笑。
理想と現実にはギャップがあるけど、できる範囲のことで実践したいですね。
野生の動物の匂いですか!
セロリのにおいが苦手な方も多いですよね・・・。
コメントを拝読して、餃子という料理はわずかな肉の風味を最大限に生かして小麦粉と野菜を味わう料理なのだろうか、と思いました。
中国農村部では肉が貴重というのは知りませんでした。
豚や鶏など、豊富に召し上がっておられるのだろうと思い込んでおりました。
焼肉も好きです。
滅多に食べないけど、とても好きです。
ペットボトルの水も肉もうちでも日常のものですよ。
夫はどうしてもお肉、食べたがります。
ソーダ類を常飲していたひとだから、同じように瓶詰めにしているものなら、水のほうがまし、と思って甘やかしております 笑。
理想と現実にはギャップがあるけど、できる範囲のことで実践したいですね。
野生の動物の匂いですか!
セロリのにおいが苦手な方も多いですよね・・・。
Morimamanさん、
ベジタリアンになりきれるかといえば、わたしも無理があると思います。
ステーキ、とーっても食べたくなるときってありますよ。
肉を一切口にしないというのは、わたしにとってはわびしいと思います。
ただこの本にある精神には納得できます。
わたしが若かった頃、輝くこともあったけど、愚かな自分もありました。
そんなことを忘れないで、若いひとに対して寛大でありたいと思います。
こどもに対しても。
ベジタリアンになりきれるかといえば、わたしも無理があると思います。
ステーキ、とーっても食べたくなるときってありますよ。
肉を一切口にしないというのは、わたしにとってはわびしいと思います。
ただこの本にある精神には納得できます。
わたしが若かった頃、輝くこともあったけど、愚かな自分もありました。
そんなことを忘れないで、若いひとに対して寛大でありたいと思います。
こどもに対しても。
Saoriさん、
ジョーとメアリーは、いろいろな面で衝突がありました。
例の女の子の影響は多少あったでしょうけど、ほかのことのほうが大きくて、大学卒業と同時にしばらくはジョーもメアリーのあとを追ってニューヨークに行ったけど、続かなかったようでした。
メアリーとまた連絡がつく日を待っています。
質素な学生時代だったけど、ほかに欲しいものもそうなかったし、楽しかったんですよ。
ジョーとメアリーは、いろいろな面で衝突がありました。
例の女の子の影響は多少あったでしょうけど、ほかのことのほうが大きくて、大学卒業と同時にしばらくはジョーもメアリーのあとを追ってニューヨークに行ったけど、続かなかったようでした。
メアリーとまた連絡がつく日を待っています。
質素な学生時代だったけど、ほかに欲しいものもそうなかったし、楽しかったんですよ。
いまではかなりあちこちで書かれていることではありますけれど、70年代からすでにこういうことが言われていたのですね。
いいこと書いてある。
うちもお肉はかなり少ない消費だと思うのですけれど、ベジタリアンになる気はないです...。というか、そういうカテゴリーに属する気がないといいましょうか。(ちょっと言い方がむずかしい...)
いつか、お肉は食べなくなっているかもしれませんけれど...まだ食べています。(笑)
あたしの行く自然食品のお店も個人がやっている小さなお店ですけれど、言われてみれば、品数が少なくなるのは当然のことで...そうか、なるほどなあ、と思いました。
もめんさんの学生時代、ふふ、素敵ですね。
いつかメアリーさんに会えるといいですね。
あ、そうだ!
もめんさんのブログ、リンクさせていただいてもよろしいでしょうか。
いいこと書いてある。
うちもお肉はかなり少ない消費だと思うのですけれど、ベジタリアンになる気はないです...。というか、そういうカテゴリーに属する気がないといいましょうか。(ちょっと言い方がむずかしい...)
いつか、お肉は食べなくなっているかもしれませんけれど...まだ食べています。(笑)
あたしの行く自然食品のお店も個人がやっている小さなお店ですけれど、言われてみれば、品数が少なくなるのは当然のことで...そうか、なるほどなあ、と思いました。
もめんさんの学生時代、ふふ、素敵ですね。
いつかメアリーさんに会えるといいですね。
あ、そうだ!
もめんさんのブログ、リンクさせていただいてもよろしいでしょうか。
レモンさん、
こういう傾向は長い月日がかかって、ひとのライフスタイルに定着するものなのでしょう。
50年代にアメリカでは加工食品が全盛でそれらがありがたがられて、それらに対して疑問をもつひとはすぐにいたのでしょう。
まだ当時は少数派だったでしょうが。
わたしもお肉、全く止められるかといえば、いまのところ、否。
でも年齢的にも、肉類をたっぷり食べると、くたびれる、というのか体が重い。
玄米ごはんに野菜中心のあっさりしたものばかりいただいていると、からだが軽いのですよね。
学生時代、そんなに昔のことでもないように思うのですが、昔なのかな?
リンクしてくださるって、うれしいです。
ひよこまめのロースト、またきのう作りましたよ。
こういう傾向は長い月日がかかって、ひとのライフスタイルに定着するものなのでしょう。
50年代にアメリカでは加工食品が全盛でそれらがありがたがられて、それらに対して疑問をもつひとはすぐにいたのでしょう。
まだ当時は少数派だったでしょうが。
わたしもお肉、全く止められるかといえば、いまのところ、否。
でも年齢的にも、肉類をたっぷり食べると、くたびれる、というのか体が重い。
玄米ごはんに野菜中心のあっさりしたものばかりいただいていると、からだが軽いのですよね。
学生時代、そんなに昔のことでもないように思うのですが、昔なのかな?
リンクしてくださるって、うれしいです。
ひよこまめのロースト、またきのう作りましたよ。

