2007年 10月 19日
フリーガン |
10月1日号のニュウズウイーク。
興味深い記事を読みました。
泊まったホテルの部屋にあったものなのですが、あまりにも興味をそそられたので、フロントデスクで許可をもらって、コピーを持ち帰ったほどです。

その記事は、フリーガンについて。
”環境”の項目のもとに、46ページから48ページにかけて。

ガンはピストルを意味していません。
Free+vegan。
商業ピッチに踊らされずに、破棄されたものを利用、再利用して、ときにはゴミ箱まであさりながら、キャピタリズムをボイコットするひとたちのことだそうです。
あらゆる意味の浪費に慣れた生活を戒めようとすることらしい。
たとえば、スーパーマーケットなどで、過剰に注文された賞味期限を過ぎていない製品や、ほんのちょとだけいたんだ野菜などが処分されるのを、利用。
ただ金が、経済が、”円滑”に回るために、どんどん消費されずに処分されるものを、利用する。
この記事のライターは、執筆のために、1ヶ月、フリーガンを体験します。
そもそも、その思想には未知のひとですから、戸惑いも大きい。
ごみをあさるようなことが、あさましいというような思いもあれば、あたりまえのことをいちいち見直すことは、時間も神経も使うことで、苛立ちを感じてもいます。
そのうち、何をあたりまえにすることも罪に思え、自分が直接かかわっていない罪を、自分が償わなければならないような錯覚もし始め、息苦しくなる。

あるラジオのトーク・ショウのホストで、リパブリカンのこの人の考え方に共感することが多く、よく聴いていました。
でも、ある日、
”皿にのせられた食べ物をこどもが食べないと言って、
地上のよその土地では、
飢えた子どもたちがいると言ってこどもを説教するのはおかしい、
この違う環境にいるこどもたちに何の共通項もないのだから”
と、その彼は言うのです。
唖然としました。
わたしは、そう両親から言われて育ち、今も自分がこどもに同じことを言っています。
今、わが子が皿の上にある食べ物を食べたとして、瞬時に地球の裏側に住む飢えたこどもの命が救われはしないでしょう。
でも、その意識がだいじなのではないでしょうか。
この記事によると、フリーガンを名乗るひとたちのモラルは、同じ地球上に飢えたこどもがいる限り、必要以上の贅沢や無駄をすることが罪である、というのです。
この記事で、以前見かけた顔にも再会。

それは、わたしの料理本のコレクションの中の一冊のなかにある顔。
”New York Cookbook”という本。
ニューヨークに住む人やレストランやショップのオーナーが自慢のレシピを紹介している楽しい本です。将来、本を整理するときにも、これは処分できないと思う1冊です。
そのなかに、スティーヴ・ブリルという方が登場。
この方が伝えることは、レシピではなくて、セントラルパークで”収穫”できる食用の植物なのです。
ブリル氏は、戸外で食べられるものはじゅうぶんにあるから、スーパーマーケットで買い物するものは、ごく限られる、とおっしゃる。
”セントラルパークは、野菜の宝庫”だと。
野生のほうれん草や、にんじん、たんぽぽなど。
この本は、1992年に出版されていて、ブリル氏は、ここでは”ワイルドマン”と呼ばれています。
ブリル氏は、乞われれば、ニューヨークで野生の植物を収穫するツアーをしています。
健在に同じ活動をなさっているようです。

わたしは、この記事の表記するフリーガンや、ブリル氏のようにはなれません。
数多く心あたる、必要以上な贅沢も、諦められません。
実際、この記事に出会ったのも、おてんばとの週末のホテルでの一泊でした。
この記事に興味を覚えた理由は、自分は厳格な意味でのフリーガンにはなれないでしょうが、すこしだけ、フリーガンのスピリットを備えていると、自分で思っているからです。
自分にできる範囲のことをしようと思います。
生ごみは、自然に還元する。
使わない電源は消す。
与えられた資源は、できるだけ無駄なく使い、還元できるものはする。
ものを大事に使う。
そんなことを再認識でした記事です。
興味深い記事を読みました。
泊まったホテルの部屋にあったものなのですが、あまりにも興味をそそられたので、フロントデスクで許可をもらって、コピーを持ち帰ったほどです。

その記事は、フリーガンについて。
”環境”の項目のもとに、46ページから48ページにかけて。

ガンはピストルを意味していません。
Free+vegan。
商業ピッチに踊らされずに、破棄されたものを利用、再利用して、ときにはゴミ箱まであさりながら、キャピタリズムをボイコットするひとたちのことだそうです。
あらゆる意味の浪費に慣れた生活を戒めようとすることらしい。
たとえば、スーパーマーケットなどで、過剰に注文された賞味期限を過ぎていない製品や、ほんのちょとだけいたんだ野菜などが処分されるのを、利用。
ただ金が、経済が、”円滑”に回るために、どんどん消費されずに処分されるものを、利用する。
この記事のライターは、執筆のために、1ヶ月、フリーガンを体験します。
そもそも、その思想には未知のひとですから、戸惑いも大きい。
ごみをあさるようなことが、あさましいというような思いもあれば、あたりまえのことをいちいち見直すことは、時間も神経も使うことで、苛立ちを感じてもいます。
そのうち、何をあたりまえにすることも罪に思え、自分が直接かかわっていない罪を、自分が償わなければならないような錯覚もし始め、息苦しくなる。

あるラジオのトーク・ショウのホストで、リパブリカンのこの人の考え方に共感することが多く、よく聴いていました。
でも、ある日、
”皿にのせられた食べ物をこどもが食べないと言って、
地上のよその土地では、
飢えた子どもたちがいると言ってこどもを説教するのはおかしい、
この違う環境にいるこどもたちに何の共通項もないのだから”
と、その彼は言うのです。
唖然としました。
わたしは、そう両親から言われて育ち、今も自分がこどもに同じことを言っています。
今、わが子が皿の上にある食べ物を食べたとして、瞬時に地球の裏側に住む飢えたこどもの命が救われはしないでしょう。
でも、その意識がだいじなのではないでしょうか。
この記事によると、フリーガンを名乗るひとたちのモラルは、同じ地球上に飢えたこどもがいる限り、必要以上の贅沢や無駄をすることが罪である、というのです。
この記事で、以前見かけた顔にも再会。

それは、わたしの料理本のコレクションの中の一冊のなかにある顔。
”New York Cookbook”という本。
ニューヨークに住む人やレストランやショップのオーナーが自慢のレシピを紹介している楽しい本です。将来、本を整理するときにも、これは処分できないと思う1冊です。
そのなかに、スティーヴ・ブリルという方が登場。
この方が伝えることは、レシピではなくて、セントラルパークで”収穫”できる食用の植物なのです。
ブリル氏は、戸外で食べられるものはじゅうぶんにあるから、スーパーマーケットで買い物するものは、ごく限られる、とおっしゃる。
”セントラルパークは、野菜の宝庫”だと。
野生のほうれん草や、にんじん、たんぽぽなど。
この本は、1992年に出版されていて、ブリル氏は、ここでは”ワイルドマン”と呼ばれています。
ブリル氏は、乞われれば、ニューヨークで野生の植物を収穫するツアーをしています。
健在に同じ活動をなさっているようです。

わたしは、この記事の表記するフリーガンや、ブリル氏のようにはなれません。
数多く心あたる、必要以上な贅沢も、諦められません。
実際、この記事に出会ったのも、おてんばとの週末のホテルでの一泊でした。
この記事に興味を覚えた理由は、自分は厳格な意味でのフリーガンにはなれないでしょうが、すこしだけ、フリーガンのスピリットを備えていると、自分で思っているからです。
自分にできる範囲のことをしようと思います。
生ごみは、自然に還元する。
使わない電源は消す。
与えられた資源は、できるだけ無駄なく使い、還元できるものはする。
ものを大事に使う。
そんなことを再認識でした記事です。
by ymomen
| 2007-10-19 07:40
| 暮らし
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Comments(22)
うん。自分に出来ることをする・・・で、いいかなって、私も思ってる。
本当に欲しいと思うものを、よく考えて買うこと。そして、大事に使うこと。日よけを利用すること。ハイブリッドカーに乗ること。資源ゴミは、必ず出すこと。読まなくなった本は、バザーに出したり、欲しい人に譲ること。
本当に欲しいと思うものを、よく考えて買うこと。そして、大事に使うこと。日よけを利用すること。ハイブリッドカーに乗ること。資源ゴミは、必ず出すこと。読まなくなった本は、バザーに出したり、欲しい人に譲ること。
0
偶然! このニューズウイークリー誌、私も持ってます。
同じく自分で買った訳では無く、航空会社のラウンジから読み物として貰って来たものです。
でもフリーガンの記事は読んでませんでした。恥)さっそく読みます。
私も筋金入りフリーガンにはなれないけど、ごみとして誰かが捨ててあるものから貰って来たり、古着を買う事が多かったり、フリーガンのスピリットはちょっと持ってるかもと思いました。
同じく自分で買った訳では無く、航空会社のラウンジから読み物として貰って来たものです。
でもフリーガンの記事は読んでませんでした。恥)さっそく読みます。
私も筋金入りフリーガンにはなれないけど、ごみとして誰かが捨ててあるものから貰って来たり、古着を買う事が多かったり、フリーガンのスピリットはちょっと持ってるかもと思いました。
こんにちは。
さっそくブログに来てくださってありがとうございます(^^)
私も娘が小さい頃、彼女の嫌いな豆スープを前にして「いらない!」と
ストライキをした時、もめんさん(とお呼びしてよいでしょうか?)の
ご両親と同じような台詞で説得しようとしました。まだ自分の国の中の
距離感も分からないような子に、そんなことを言っても、と思いながら。
でもその意識が大切なんだ、とここで読んで、何となく救われた気持ちです。
そうですねぇ、私が出来ることは買ってきた野菜や果物の廃棄率を
限りなくゼロに近づける、初めから捨てるようなものは買わない、かな。
さっそくブログに来てくださってありがとうございます(^^)
私も娘が小さい頃、彼女の嫌いな豆スープを前にして「いらない!」と
ストライキをした時、もめんさん(とお呼びしてよいでしょうか?)の
ご両親と同じような台詞で説得しようとしました。まだ自分の国の中の
距離感も分からないような子に、そんなことを言っても、と思いながら。
でもその意識が大切なんだ、とここで読んで、何となく救われた気持ちです。
そうですねぇ、私が出来ることは買ってきた野菜や果物の廃棄率を
限りなくゼロに近づける、初めから捨てるようなものは買わない、かな。
私ももめんさんと同じ意識でいます。
もう今の環境に慣れきってしまった私にはフリーガンになれません・・・
イギリスでも同じような活動をしている人がいます。先日ニュースで見ました。でももっと気楽な感じでした。
スーパーが捨てた賞味期限切れの食品をゴミ箱から拾って、それを食べたり、売ったりする活動をしているのです。
もちろんヘルス&セイフティの規則があるのでスーパー側も防止に必死になっています。それを食べた人が食あたりを起こしたら、スーパーの責任になるからです。
でもその目を盗んで、ゴミ箱をあさる親子の姿がなんだか妙に滑稽に見えてしまって・・・本人達もアメリカの方たちのような崇高な意識を持っている訳ではないのです。ただ、もったいないから、という気持ちです。
私もつねにもったいない、ことはやめようと思っています。
電気はマメに消す、なるべく食べ物は残さない、リサイクルできる物は必ず分別して出す、スーパーへは自分の袋を持参するetc。小さなことでもみんなが同じことをすれば随分違うと思うのです。
大きなことを最初からしようとしたら失敗することもあるでしょう。なので身近なことから始めようと思っています。
もう今の環境に慣れきってしまった私にはフリーガンになれません・・・
イギリスでも同じような活動をしている人がいます。先日ニュースで見ました。でももっと気楽な感じでした。
スーパーが捨てた賞味期限切れの食品をゴミ箱から拾って、それを食べたり、売ったりする活動をしているのです。
もちろんヘルス&セイフティの規則があるのでスーパー側も防止に必死になっています。それを食べた人が食あたりを起こしたら、スーパーの責任になるからです。
でもその目を盗んで、ゴミ箱をあさる親子の姿がなんだか妙に滑稽に見えてしまって・・・本人達もアメリカの方たちのような崇高な意識を持っている訳ではないのです。ただ、もったいないから、という気持ちです。
私もつねにもったいない、ことはやめようと思っています。
電気はマメに消す、なるべく食べ物は残さない、リサイクルできる物は必ず分別して出す、スーパーへは自分の袋を持参するetc。小さなことでもみんなが同じことをすれば随分違うと思うのです。
大きなことを最初からしようとしたら失敗することもあるでしょう。なので身近なことから始めようと思っています。
こんばんは。イギリスでの話しかなと思ったら、NYなのですね。ブリス氏のことは以前、日本出版のニューヨークの観光ガイドにも紹介されていましたよ。(一度は市に訴えられ、後に、正式にパークに雇われた…というおもしろいエピソードが記憶に残っています。)NYなどでは例えばホームレスになっても、「凍死はするが飢え死にはしない」と言われていますよね…。フリーガンの登場もうなずけるものがあります。私としては、日本の食品リサイクルのニュースなどを見ると、大切なのはリサイクルではなく、余剰を作らない努力、「足るを知る」ということなのではないかなぁと…思います。(↓ ムースウッドの料理本、日本語訳を持っていますよ ^^ ♪)
”セントラルパークは野菜の宝庫だ!”どんな植物が育っているのか
とても興味があります。
出来る事ならツアーに参加してみたいと思いました。
日本は食糧を輸入に頼っているし、
野菜でも形と大きさが揃っていないと売り物にならない・・・。
過剰包装・・・。
これも贅沢なんだと思いました。
自分たちで育て無駄なく消費出来たらどんなにいいか。
わたしも買い物には袋持参したり、電気はこまめに消す!
心がけています。
コンポスターはぜひ使いたいと思っています。
ymomenさんはそこから上手に植物も育てていらっしゃいますね。
とても興味があります。
出来る事ならツアーに参加してみたいと思いました。
日本は食糧を輸入に頼っているし、
野菜でも形と大きさが揃っていないと売り物にならない・・・。
過剰包装・・・。
これも贅沢なんだと思いました。
自分たちで育て無駄なく消費出来たらどんなにいいか。
わたしも買い物には袋持参したり、電気はこまめに消す!
心がけています。
コンポスターはぜひ使いたいと思っています。
ymomenさんはそこから上手に植物も育てていらっしゃいますね。
私は私が出来ることしか出来ないので、出来る範囲で頑張ろうと思っています。
(先日のお片づけでは、大変もったいないことをしたと反省)
これから老いを迎えるに当たって、ミニマムな暮らしを目指します。
>>立って半畳、寝て一帖、天下を盗っても四帖半。着物は一着、ご飯は二杯寝だめ食いだめ着だめも出来ず、
厠の姿は皆同じ。
と言う言葉がありますが、飽食の世代の私たち、もっと考えなければ、、、
(先日のお片づけでは、大変もったいないことをしたと反省)
これから老いを迎えるに当たって、ミニマムな暮らしを目指します。
>>立って半畳、寝て一帖、天下を盗っても四帖半。着物は一着、ご飯は二杯寝だめ食いだめ着だめも出来ず、
厠の姿は皆同じ。
と言う言葉がありますが、飽食の世代の私たち、もっと考えなければ、、、
Juliaさん、
自分の許容範囲でできること、が基本ですよね。
自分ひとりがしたって、たいした影響力にはならない、と思えば、何も変わらないと、わたしも思います。
情けない話、わたし、こどもができる前は、あまり”生”に対しての執着がありませんでした。
こどもができてから、この子たちの将来がどうなるか、と考えはじめたら、視点が違ってきたように思います。
自分の許容範囲でできること、が基本ですよね。
自分ひとりがしたって、たいした影響力にはならない、と思えば、何も変わらないと、わたしも思います。
情けない話、わたし、こどもができる前は、あまり”生”に対しての執着がありませんでした。
こどもができてから、この子たちの将来がどうなるか、と考えはじめたら、視点が違ってきたように思います。
Hawaiiさん、
ほらほら、波長、合ってるとお思いになりませんか(笑)
それも、お互い、自分で買わないで、よそ様から、いただいてきているというのも、おもしろいじゃありませんか。
もうそこから、ちょっぴり、”フリーガン”してますか。
わたしたち。
お互い、似たようなレベルのフリーガンですね。
ほらほら、波長、合ってるとお思いになりませんか(笑)
それも、お互い、自分で買わないで、よそ様から、いただいてきているというのも、おもしろいじゃありませんか。
もうそこから、ちょっぴり、”フリーガン”してますか。
わたしたち。
お互い、似たようなレベルのフリーガンですね。
エミリアさんも、同じようにお思いですか。
わたしが、その説教を、まず夫の前でしたのは、こどもができる前のこと。
夫の双子の甥を預かっていたときです。
わたしが、そういうと、夫は、
”でも、無理に食べると肥満するよ”
・・・・・・ ・_・;
でした。
今は、夫の意識も変わってきていますが、わたしと同じ思想ではないですね。
義母がピザを一緒に食べに行って、チーズのところだけはがして食べて、クラストは捨てるのを見たときは、それでこの息子か・・・、と。
買い物の信条、
同感です。
完璧に守っている、とは言えないけど。
わたしが、その説教を、まず夫の前でしたのは、こどもができる前のこと。
夫の双子の甥を預かっていたときです。
わたしが、そういうと、夫は、
”でも、無理に食べると肥満するよ”
・・・・・・ ・_・;
でした。
今は、夫の意識も変わってきていますが、わたしと同じ思想ではないですね。
義母がピザを一緒に食べに行って、チーズのところだけはがして食べて、クラストは捨てるのを見たときは、それでこの息子か・・・、と。
買い物の信条、
同感です。
完璧に守っている、とは言えないけど。
Saoriさん、
イギリスでも、そんな動きがあるのですね。
確かに、もったいない、も、その程度ですよね。
あることで、もったいないといいながら、違うところで、違うものを浪費している矛盾というのもありますものね。
また、捨てられているものには、確かな理由もある可能性もあり場合もあるということも知らないといけないですね。
拾ったレタスは、実はサルモネラ菌のが危険があったり、ということも?
またゴミ箱に、定期的に殺虫剤などがまかれていたりしたら?
消費者が賢くなれば、生産者も、それに準じて変わると思うところもあります。
アメリカのゴミの分別、まったくしない家もたくさんあるんですよ。
そんなあたりまえのことから、はじめたいですよね。
イギリスでも、そんな動きがあるのですね。
確かに、もったいない、も、その程度ですよね。
あることで、もったいないといいながら、違うところで、違うものを浪費している矛盾というのもありますものね。
また、捨てられているものには、確かな理由もある可能性もあり場合もあるということも知らないといけないですね。
拾ったレタスは、実はサルモネラ菌のが危険があったり、ということも?
またゴミ箱に、定期的に殺虫剤などがまかれていたりしたら?
消費者が賢くなれば、生産者も、それに準じて変わると思うところもあります。
アメリカのゴミの分別、まったくしない家もたくさんあるんですよ。
そんなあたりまえのことから、はじめたいですよね。
Sanaeさん、
無駄を最初から生産しないこと、
というのに賛同します。
と書いて、
わたしは何を作るのも、大量生産するのがほとんど、”わたしらしさ”になっていることに気がつきました。
で、ちょっと、どきっとしています。
大量生産して、ひとさまにさしあげるのですけどね。
自己反省。
そうですそうです。
この方、アレストされた経験もおありなんですよね。
奇妙というには、もったいない、ユニークなコンセプトをお持ちの方。
といって、こういうひととは一緒に生活できないだろうな、と思います(笑)
そういえば、日本でも、お子さんをたくさんお持ちの女性が似たようなことをなさっておられませんでしたか。
昔の雑誌で読んだことがあったように思います。
ムースウッドの本!
日本でも出ていますか!
知りませでした。
無駄を最初から生産しないこと、
というのに賛同します。
と書いて、
わたしは何を作るのも、大量生産するのがほとんど、”わたしらしさ”になっていることに気がつきました。
で、ちょっと、どきっとしています。
大量生産して、ひとさまにさしあげるのですけどね。
自己反省。
そうですそうです。
この方、アレストされた経験もおありなんですよね。
奇妙というには、もったいない、ユニークなコンセプトをお持ちの方。
といって、こういうひととは一緒に生活できないだろうな、と思います(笑)
そういえば、日本でも、お子さんをたくさんお持ちの女性が似たようなことをなさっておられませんでしたか。
昔の雑誌で読んだことがあったように思います。
ムースウッドの本!
日本でも出ていますか!
知りませでした。
Muumimammanさん、
わたしも、この方のツアー、参加してみたいです。
ハイキングしていて、なんでも口に入れてみたがる性分なので、何が食べられるものなのか、食べられないものなのか、わかっていたほうが、言いに決まっています(笑)
コンポースター。
我が家が生ゴミ処理に使っているのは、ちゃんとしたものではないのです。
大きな植木鉢に、生ゴミと土を入れて、ときどきかき混ぜるというだけのものです。
かなり生ごみって、出ますよね。
野菜などの形にうるさいのは、わたしも納得できません。
どういうんでしょうねえ。
過剰包装も。
それでも、日本から持ち帰るもののその包装の美しさに、目を見張る外国人も多く。
でもでも、
”風呂敷”の機能と美しさに感動するひとも多いのです。
包装がそのまま処理されないことの、ありがたさに。
わたしも、この方のツアー、参加してみたいです。
ハイキングしていて、なんでも口に入れてみたがる性分なので、何が食べられるものなのか、食べられないものなのか、わかっていたほうが、言いに決まっています(笑)
コンポースター。
我が家が生ゴミ処理に使っているのは、ちゃんとしたものではないのです。
大きな植木鉢に、生ゴミと土を入れて、ときどきかき混ぜるというだけのものです。
かなり生ごみって、出ますよね。
野菜などの形にうるさいのは、わたしも納得できません。
どういうんでしょうねえ。
過剰包装も。
それでも、日本から持ち帰るもののその包装の美しさに、目を見張る外国人も多く。
でもでも、
”風呂敷”の機能と美しさに感動するひとも多いのです。
包装がそのまま処理されないことの、ありがたさに。
Morimamanさん、
あらあら、
もしかして、
このわたしの記事、
そちらへの亡きお母様のお宅の整理へのあてつけ、
なんてふうに、お思いにならないでしょうね?
もちろん、そんな気持ちは、ありません。
お気に触ったら、ごめんなさい。
亡き人の遺物を整理するときは、時には思い切りも必要で、一気に処分してしまわないと片付かない、
というものでしょう。
わたしには、まだそんな経験はないけれど、そう想像しています。
わたしも、もう、自分に関しては、もう必要なものはないのだろうな、と思います。
いまあるものを大事に着るなり、使うなりの生活をすれば、新しく買うものなどないのではないでしょうか。
と、言いながら、Thrift Shopを除く誘惑と葛藤している毎日です。
おっしゃるような、ミニマムで、物欲にとらわれない生活をしたいとも思いながら。
あらあら、
もしかして、
このわたしの記事、
そちらへの亡きお母様のお宅の整理へのあてつけ、
なんてふうに、お思いにならないでしょうね?
もちろん、そんな気持ちは、ありません。
お気に触ったら、ごめんなさい。
亡き人の遺物を整理するときは、時には思い切りも必要で、一気に処分してしまわないと片付かない、
というものでしょう。
わたしには、まだそんな経験はないけれど、そう想像しています。
わたしも、もう、自分に関しては、もう必要なものはないのだろうな、と思います。
いまあるものを大事に着るなり、使うなりの生活をすれば、新しく買うものなどないのではないでしょうか。
と、言いながら、Thrift Shopを除く誘惑と葛藤している毎日です。
おっしゃるような、ミニマムで、物欲にとらわれない生活をしたいとも思いながら。
びっくり! 家では旦那がNewsweekを定期購読しているので、私も同じ記事を読みました。
とても考えさせられました。 共感はできるけど、でも、自分はフリーがンにはなれないかなー。
もめんさんと同じでしょうか? 自分でできることは、できるだけ、毎日コツコツやっていこうとは思いますけど。
とても考えさせられました。 共感はできるけど、でも、自分はフリーがンにはなれないかなー。
もめんさんと同じでしょうか? 自分でできることは、できるだけ、毎日コツコツやっていこうとは思いますけど。
もちろん、思っておりませんよ。
おさるちゃんさん、
お読みになったんですね。
どういう世界にも、両極端な活動家(?)はいるもの。
それもまた、第三者としてながめるのは、おもしろいと思います。
おもしろいと言っていられない、物騒な活動内容も、目的によればあるようですが。
こういう雑誌、うちでは講読してませんが、ときにはおもしろいですね。
出かけ先での、楽しみのひとつです。
お読みになったんですね。
どういう世界にも、両極端な活動家(?)はいるもの。
それもまた、第三者としてながめるのは、おもしろいと思います。
おもしろいと言っていられない、物騒な活動内容も、目的によればあるようですが。
こういう雑誌、うちでは講読してませんが、ときにはおもしろいですね。
出かけ先での、楽しみのひとつです。
フリーガンについては、いつだったか、ニューヨークにお住まいの方のブログで読んだことがあります。
「その気持ちが大切なのよ!」というセリフは、いろんなところで、毎日私も娘たちに言ってます。
ここで私に何ができる、なんて思ってしまったら、何も始まりませんものね。
せめて、そういう活動をしている人たちがいることを知り、共鳴したら、
自分の普段の生活の中でできることをすればいいのだと思います。
・・・と言いながら、先日、レオナルド・ディカプリオとジャイモン・フンスー主演の「Blood Diamond」を観て、ダイヤモンドに対する考えが変わったまでは良かったのですが、母からもらったお守り代わりの小さなダイヤのネックレスをどうしたらいいものか、ものすごく複雑な気分なのです。
「その気持ちが大切なのよ!」というセリフは、いろんなところで、毎日私も娘たちに言ってます。
ここで私に何ができる、なんて思ってしまったら、何も始まりませんものね。
せめて、そういう活動をしている人たちがいることを知り、共鳴したら、
自分の普段の生活の中でできることをすればいいのだと思います。
・・・と言いながら、先日、レオナルド・ディカプリオとジャイモン・フンスー主演の「Blood Diamond」を観て、ダイヤモンドに対する考えが変わったまでは良かったのですが、母からもらったお守り代わりの小さなダイヤのネックレスをどうしたらいいものか、ものすごく複雑な気分なのです。
Preciousさん、
ニューヨークという都市にいかにも似合うテーマだと思います。
その映画、観ましたよ。
ディカプリオの演技を見直したというほかに、そのテーマに驚愕しました。
そういうわたしも、それじゃあダイヤモンドはボイコット、とも言えなくて。
常にダイヤモンドを身につけていて、その魅力に日々癒されています。
これを、いつか娘に託す楽しみもあるし。
それでも、その贅沢が、ひとの命と平和に代えられるかといえば、否。
また、ダイヤモンドそのものが責められるのもおかしな話です。
その国のあり方が責められるべきで。
ダイヤモンドを買い取る側のモラルのありかたが、責められるべきでしょう。
ニューヨークという都市にいかにも似合うテーマだと思います。
その映画、観ましたよ。
ディカプリオの演技を見直したというほかに、そのテーマに驚愕しました。
そういうわたしも、それじゃあダイヤモンドはボイコット、とも言えなくて。
常にダイヤモンドを身につけていて、その魅力に日々癒されています。
これを、いつか娘に託す楽しみもあるし。
それでも、その贅沢が、ひとの命と平和に代えられるかといえば、否。
また、ダイヤモンドそのものが責められるのもおかしな話です。
その国のあり方が責められるべきで。
ダイヤモンドを買い取る側のモラルのありかたが、責められるべきでしょう。
そのフリーガンの人たちが無駄にしなかった資源や食べ物が貧しい国にまわるかどうか…というとこれまた難しいテーマですよね。
開発途上国に住んでみると、こういう考えが起こるというのは、やはりお金持ちの国だから、と思うことがあります。貧しいと、ビーガンとか、フリーガンとかそんなこといっていられるわけもなく、ただ生きるのに一生懸命な人たちばかりです。そんな人たちが多いにもかかわらず、中流クラス以上のアルゼンチン人は「もったいない精神」が全くなかったりするのです…。
私も日本で培った「もったいない精神」を失うことなくやっていきたいと思います!
開発途上国に住んでみると、こういう考えが起こるというのは、やはりお金持ちの国だから、と思うことがあります。貧しいと、ビーガンとか、フリーガンとかそんなこといっていられるわけもなく、ただ生きるのに一生懸命な人たちばかりです。そんな人たちが多いにもかかわらず、中流クラス以上のアルゼンチン人は「もったいない精神」が全くなかったりするのです…。
私も日本で培った「もったいない精神」を失うことなくやっていきたいと思います!
Aquiakikoさん、
ここで拾われる食べ物を誰かが利用するせいで、すなわち、貧しい国が救われる、という式は成り立たないですね。
それでも、食べ物がこんなふうに扱われている、ということを認識して、生産者も消費者も、無駄を出さないという意識を養わなければ、と思います。
アルゼンチンにお住まいのAquiakikoさんの視点、
ありがたいです。
こちらかわに住むわたしたちの戯言にも聞こえるかもしれません。
こんなことを言っている事自体が、贅沢なのかもしれません。
それでも、やっぱり、地球上のどのこどもにも、最低限の保護が約束される将来を願っています。
ここで拾われる食べ物を誰かが利用するせいで、すなわち、貧しい国が救われる、という式は成り立たないですね。
それでも、食べ物がこんなふうに扱われている、ということを認識して、生産者も消費者も、無駄を出さないという意識を養わなければ、と思います。
アルゼンチンにお住まいのAquiakikoさんの視点、
ありがたいです。
こちらかわに住むわたしたちの戯言にも聞こえるかもしれません。
こんなことを言っている事自体が、贅沢なのかもしれません。
それでも、やっぱり、地球上のどのこどもにも、最低限の保護が約束される将来を願っています。

