2025年 12月 09日
セラミックのクリスマスツリー |
倉庫から夫にクリスマスツリーを出してもらって、こどもたちに組み立てよ、と預けた。
わかった、来週早々、と返事があっても、気の乗らない様子で、もしかしたらあんまりやる気ないんじゃないの、と打診したら、苦笑いして、こういう大きいのじゃなくて、テーブルに乗るくらいの小さいのでじゅうぶんじゃない、というけど、わざわざ小さいのを買うほどもなし。
クリスマスの前後を留守にすることになったこともあって、飾る気合も入らない。
みあは来週ヨーロッパへ行くし、そのあとみんなでアトランタの義弟家族と過ごす。
セラミックのツリーでいいんじゃない、と妥協。
ヴィンテージの陶器のツリーの中は空洞で、プラスチック製のライトがあちこちについていて、中を灯す仕掛けだ。
1970年代に出回ったもので、近年その人気のために再生産されている。
とぼけて愛嬌がある。
結婚したてで、クリスマスに飾るものなどなにもなかったころ、スリフトストアで見つけたものだった。
ツリーを出せば、オーナメントを手に取りながら、それぞれにまつわる年の思い出が蘇ってくるのもまた愉しいけれど、今年はそれらを仕舞ったまま。
それらの思い出は、1年に一度日の目を見るときを待っていて、そういう儀式がなければ忘れられたものだと悲しむだろうか、と思えば、ツリーに吊るさなくとも面会だけはしようか、とも思う。
映画”トイストーリー”で、かつて親しまれた玩具が持ち主に飽きられても、少年の成長を見守るのを忘れない。
ひとが愛着しているもにには魂が宿る、とわたしも信じているから。
外が暗くなってプラグにつなぐと、そこにひっそり静かに、小さなクリスマスが灯っている、という感じだ。
義父が晩年、持ち物を処分するとき、息子夫婦に何が欲しいかと打診した。
義妹は、”中古品”には興味がないので欲しがらず、義姉はアンテイークとして価値があるものなら引き取る、と言い、わたしは何でも欲しがった。
農場で生涯働いた彼の両親がアイオワの小さな家を、彼が処分しなければならなかったとき、彼なりの思いで手放せなかったものも、離婚してアトランタからここまで持ってきたものもあった。
そこまでしがみついてきたものに対しての想い入れがあったろう。
わたしが彼の実子ならば、それらが彼の生活のなかでどうやって共存してきたかをもっと理解できていただろう。
残念ながら夫らはそこまで知りたがりもしなかった。
自分の持ち物に対しても、こどもたちがその程度の関心しか持たずとも責められない。
わたしもまた、幼稚園から使っていた鋏やぼろぼろになって表紙も失った国語辞典、母の着た夏の家着なども処分できなくて、なにもかもとっておくのは不可能とわかっていては、いる。
ひとの想いが籠っているものには”怨念”じみていて気味が悪いというひともいるが、ひともまたやがては消えていくもので、それぞれの思いというもので”ひと”も”家族”も”文化”も”生業”も生き続けるのだと思う。
だからわたしは古い、ひとに使われた道具が好きだ。
そういうものにこだわっていると、いつまでたっても片付かない。
”想い入れ”は心に仕舞っておくだけで、”もの”は処分するに限る、と思いきれないわたしは、”断捨離”という新語を聞くたびに聞こえないふりをして暮らしている。
by ymomen
| 2025-12-09 01:57
| アメリカの季節 クリスマス
|
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Comments(2)
momenさん、こんにちは!
陶器のツリー、いいですね。特に夜、暗くなると特にぼんやりと見ていたくなりますよね。結婚当初からずっとmomenさん家のクリスマスの一員だったなら特に、想いい入れがある気持ちがわかります。 記憶の中に、心の中に思い出を残すのももちろんありですが、5感で思い出すことって結構ありますしね。
Toy Storyのあのシーン、切ないですよね~。ジーンとしました。
私も去年は年末に沖縄に帰ったり、クリスマスにはアリゾナに行ったりしたのでクリスマスデコレーションは一切しませんでした。
陶器のツリー、いいですね。特に夜、暗くなると特にぼんやりと見ていたくなりますよね。結婚当初からずっとmomenさん家のクリスマスの一員だったなら特に、想いい入れがある気持ちがわかります。 記憶の中に、心の中に思い出を残すのももちろんありですが、5感で思い出すことって結構ありますしね。
Toy Storyのあのシーン、切ないですよね~。ジーンとしました。
私も去年は年末に沖縄に帰ったり、クリスマスにはアリゾナに行ったりしたのでクリスマスデコレーションは一切しませんでした。
1
> Ziggyusさん
おはようございます。
Ziggyさんの昨年のいまごろはそうでしたか。
今年は賑やかなのですね。
こどもたちにつきあって観た映画、自分にも訴えるものがあって、いつまでもまた観たい、というの、ありますね。
孫ができたら三世代で観る日が来るかしら。
親になったこどもたちはどんな思いで観るのでしょう。
おはようございます。
Ziggyさんの昨年のいまごろはそうでしたか。
今年は賑やかなのですね。
こどもたちにつきあって観た映画、自分にも訴えるものがあって、いつまでもまた観たい、というの、ありますね。
孫ができたら三世代で観る日が来るかしら。
親になったこどもたちはどんな思いで観るのでしょう。


