2025年 11月 25日
薔薇 |
33度目の結婚記念日。
その8年前に出逢ったのは40年ほども前のことで、わたしはいまのあきらくらいの年齢だった。
よくもってるもんだ、
というのが毎年の結婚記念日の感想。
義弟夫婦は結婚記念日のたびにカリビアンのリゾートに行ったりするが、うちは至って淡泊。
とくに外食したいとも思わないし、何を欲しいとも思わない。
ここまで夫婦でいられることだけでありがたい。
日常があるだけでありがたい。
ジムの帰りに食糧調達して帰ってきたら、深紅の薔薇。
花屋がアレンジしたものだ。
薔薇にカスミソウだけなのに、さまになっている。
買ってきた花束を自分で活けてもこうはならない。
カスミソウをここでは、Baby's breath、赤ちゃんの吐息、という。
なんといういい名前だろう。
みあがこの小さな白い花を好む。
わたしは薔薇をもらうなら、薔薇だけ、がいい。
ほかのものが混じっているのは好きじゃない。
こどもたちにせっつかれて買ったのだ。
切花はかわいそう、くれるなら根が土についた鉢植えか、庭に移植する植物がいい、と宣言してから、夫がわたしに花を買うことはなくなった。
それでもあきらがときどき花束買ってくれるようになって、やっぱりうれしいのである。
ヴァレンタインディに男たちがスーパーマーケットで花束を買う姿を見ると、あたしも欲しい、と一度は言ったことを後悔している。
うれしかったけど、同じ薔薇1ダースをSam'sで買えば15ドルですんだのに、という計算で、無粋なわたしはそう言った。
そうしようとも思ったけど、そこでお前に会ったら困るから、と言った。
いつか母の日に、夫はわたしのために奮発してブロードモアホテルのブティークで夏のドレスを買ってきて、レシートを見つけたわたしはびっくりして返却させたこともある。
そういう贈り物をただ素直に感謝して受け取ればいいのにできない貧乏性である。
ラスベガスで病気して、出発日に搭乗時刻まで待つのも苦で、もう一泊する義弟の部屋で休んだ。
彼の部屋は、廊下の突き当りにあった。
観音開きのドアを開けると広いリビングルームがあり、ベッドルームはホールの向こう、という贅沢さである。
今回も新しい若い恋人を伴って来たが、いつも羽振りがいい。
ダンはカジノにいたが、恋人のジェイミーは部屋にいたのに、ノックしてから待たされた。
ダンからわたしが来ると知らされて、乱れた部屋を整えていたのだった。
わたしを気遣いながら、どうぞどうぞゆっくりベッドに休んでね、あ、心配しないで、ゆうべはセックスしなかったからベッドはきれいよ、と言ったのを、熱っぽい頭で聞いて、熱が冷めてから、嗤った。
実はわたしも、そういう生々しいベッドに横たわるのは嫌だな、とは思っていたけれど、そんなことを言ってられないくらいふらふらしていた。
そういう贅沢をさせてくれるダンの恋人たちは、ジュリア・ロバートの演じたPretty womanで、ダンはリチャード・ギアなんだろうと思った。
いつもわたしたちに優しいし、甥や姪たちも可愛がる。
いつも違う恋人を連れているけど、そのうちの誰かと身を落ち着けようというところまでにはいかない。
パーティ―そのものが日常という彼も寂しいのだろう。
老いも隠せなくなって、これからどうするかという不安を無視できなくなっているところに来ている義弟も哀れである。
貧乏性は治らない。
両親の時代の生活を思えば、いまのわたしの生活は贅沢なものである。
父は赤貧ということを体験した。
贅沢なんて尽きるところがない。
いまの快適さも、そこからなにか欠ければ不自由に思うであろうというはかなさを伴うものだ。
そういうわたしでいいと受け止めてくれている夫とつれそっていければありがたいと思う。
修羅場もあったけど、自分が選んだひとと一緒になって、自分もまた修羅場を導いたのだ。
”Game of Thrones"で壮絶に憎みあい、殺意までも持ちながらそれらが愛情に浄化するという場面が多々あって、我が身がそう完結しているとはいえないが、そういう”経緯”はわかる気がする。
もうたくさん、明日も見えない、という時期もあったけど、ここでこのひとと別れて、まさか別のひとと暮らしても、穏やかでいられるってこともないだろう、という思いもあった。
ここまで来て、このひとと一緒でも、ひとりでもいいや、という開き直りもある。
それでもこれだけつきあいが長いと、根本のところでわかりあっていることもある。
離別を合意した夏、みあと帰国した。
電車内で老夫婦が寄り添って座っていたのを見て、自分にはこういう日が来ないのだ、と涙がこぼれた。
みあが、パパじゃなくてもママのことを大切にしてくれるひとはいるよ、と慰めてくれたのにびっくりして涙が途切れた。
薔薇は三日経っても、香しく花びらの色も褪せず首も垂れていない。
by ymomen
| 2025-11-25 01:31
| アメリカの季節
|
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Comments(6)
momenさん、こんばんは!
結婚33周年、おめでとうございます! ご主人と知り合われて40年になるんですね。 遠く離れた異国の場所で生まれたふたりが出会う縁というのは奇跡に近いですよね。 夫婦の事は夫婦にしかわからない事ばっかりだし、どう転ぶか結局は自分の選択。。。 お婿さんのお母さまは私と同い年なのですが、現在の結婚はなんと5回目らしいです。本人が堂々と 我慢という言葉は私の辞書にはないのよ!っと仰っるほどかなり自由な方です。
つくづくMomenさんと私って考えが似ているな、って思います。バレンタインの前日や当日にショップにならぶ男性たちを見てほんわかとした気分になることはあっても私自身が切り花を貰うとなんとももったいない気分になって、花なら鉢植えの胡蝶蘭にしてくれと十数年前に夫と息子にはお願いしてあります。
結婚33周年、おめでとうございます! ご主人と知り合われて40年になるんですね。 遠く離れた異国の場所で生まれたふたりが出会う縁というのは奇跡に近いですよね。 夫婦の事は夫婦にしかわからない事ばっかりだし、どう転ぶか結局は自分の選択。。。 お婿さんのお母さまは私と同い年なのですが、現在の結婚はなんと5回目らしいです。本人が堂々と 我慢という言葉は私の辞書にはないのよ!っと仰っるほどかなり自由な方です。
つくづくMomenさんと私って考えが似ているな、って思います。バレンタインの前日や当日にショップにならぶ男性たちを見てほんわかとした気分になることはあっても私自身が切り花を貰うとなんとももったいない気分になって、花なら鉢植えの胡蝶蘭にしてくれと十数年前に夫と息子にはお願いしてあります。
2
おめでとうございます。
いつも感心して拝読していますが、今回の文章は特に読み応えがありました。
「根本のところでわかり合って」お互いの長所も短所も受け入れる、というのは簡単ではないとつくづく思います。
どうぞ、これからもお幸せに。
いつも感心して拝読していますが、今回の文章は特に読み応えがありました。
「根本のところでわかり合って」お互いの長所も短所も受け入れる、というのは簡単ではないとつくづく思います。
どうぞ、これからもお幸せに。
> Ziggyusさん
おはようございます。
ありがとうございます。
ひととの出逢いは不思議なものです。
出逢ったとき、こんなことになるなんて思いもしませんでした。
結婚5度目とは、エネルギッシュな方なのでしょう。
親密なつきあい、それも連れ添うとなると、結婚は二人の契約といえども家族も過去も伴うのでそのたびに相当なエネルギーが要るもの。
別れるのだって同じことです。
出逢うよりも別れるほうがたいへんでしょう。
Ziggyさんとはお目にかかってないけれど、こうして出逢えていろんなところが似ているのもまた運命の糸で結ばれているのかと思います。
胡蝶蘭もいいですね。
わたしは何度か枯らせてしまいましたけど。
おはようございます。
ありがとうございます。
ひととの出逢いは不思議なものです。
出逢ったとき、こんなことになるなんて思いもしませんでした。
結婚5度目とは、エネルギッシュな方なのでしょう。
親密なつきあい、それも連れ添うとなると、結婚は二人の契約といえども家族も過去も伴うのでそのたびに相当なエネルギーが要るもの。
別れるのだって同じことです。
出逢うよりも別れるほうがたいへんでしょう。
Ziggyさんとはお目にかかってないけれど、こうして出逢えていろんなところが似ているのもまた運命の糸で結ばれているのかと思います。
胡蝶蘭もいいですね。
わたしは何度か枯らせてしまいましたけど。
> Solar18さん
ありがとうございます。
誰しも完璧ではなし、もしもそんなひとがいたら、わたしのような者では連れ合いになれないだろうし。
互いの愚かさにも時には守られているということもあります。
ふたりでいるときには特に意見をしないのに、こどもたちにママはこういう間の抜けたことを言う、と嫌味でなくおもしろがって言うのを聞いて、ああ、このひとはあんがいわかってくれている、と思ったこともありました。
幸せか、というと、よくわからないのですが、ありがたい多くのことを意識しています。
ありがとうございます。
誰しも完璧ではなし、もしもそんなひとがいたら、わたしのような者では連れ合いになれないだろうし。
互いの愚かさにも時には守られているということもあります。
ふたりでいるときには特に意見をしないのに、こどもたちにママはこういう間の抜けたことを言う、と嫌味でなくおもしろがって言うのを聞いて、ああ、このひとはあんがいわかってくれている、と思ったこともありました。
幸せか、というと、よくわからないのですが、ありがたい多くのことを意識しています。
もめんさん、
結婚記念おめでとうございます。
私も主人に花束よりも鉢植えの方がいいと言った事が何度がありますが、花束をもらうとやはり嬉しいですよね。女心ですね。
もめんさん夫婦も色々危機を乗り越えて今があるんですね。
去年まではおしどり夫婦だとずっと思っていた私達夫婦にも危機がやってきて危なかったですが、もう死ぬまでこの人と一緒だなと思う今日この頃です。
結婚記念おめでとうございます。
私も主人に花束よりも鉢植えの方がいいと言った事が何度がありますが、花束をもらうとやはり嬉しいですよね。女心ですね。
もめんさん夫婦も色々危機を乗り越えて今があるんですね。
去年まではおしどり夫婦だとずっと思っていた私達夫婦にも危機がやってきて危なかったですが、もう死ぬまでこの人と一緒だなと思う今日この頃です。
> miekofrenchさん
ありがとうございます。
miekoさんも鉢植えのほうが、と仰いましたか。
ずっと穏やかな結婚生活、というのはないのでしょう。
それぞれいろいろあって当たり前なのでしょうね。
いまになっても、わたしはこのままやっていこうと思っていても、夫はそうじゃないかもしれません。
言葉に出して訊いても、それが本音かどうかわからない、という腹を探りあうようなこともしたくないので、あるがままで暮らしていく、というほかありません。
miekoさんご夫婦の”危機”には驚きましたが、夫婦には当人らにしかわからないもあるし、何年一緒にいても個人がふたりいることに変わりなくて、つねに以心伝心でないのも当たり前なのですよね。
ありがとうございます。
miekoさんも鉢植えのほうが、と仰いましたか。
ずっと穏やかな結婚生活、というのはないのでしょう。
それぞれいろいろあって当たり前なのでしょうね。
いまになっても、わたしはこのままやっていこうと思っていても、夫はそうじゃないかもしれません。
言葉に出して訊いても、それが本音かどうかわからない、という腹を探りあうようなこともしたくないので、あるがままで暮らしていく、というほかありません。
miekoさんご夫婦の”危機”には驚きましたが、夫婦には当人らにしかわからないもあるし、何年一緒にいても個人がふたりいることに変わりなくて、つねに以心伝心でないのも当たり前なのですよね。


