蠍

裁縫室に掃除機をかけていたら、隅っこにスコーピオン。

もはや命果てていて、くたっとしている。

美しいので、掃除機に吸わせるのが惜しく、ロックミシンの傍に置いた。

数日経って作業をしていて、ロックミシンを作業台に移動させるとき、そのスコーピオンを再発見しておののいたのは自身であった。

”ひゃあっ”という妙な声をあげて、自分が仕掛けた仕業に驚く滑稽さよ。

最初に見つけたときにはそれほどに驚かなかったのにどういうことだ。

この透明度と体のつくりのまま拡大したら見事であろう。

関節とは言わないのだろうが、かくかくと節で繋がっているつくりがおもしろい。

みあは幼児期にスコーピオンを階下で見つけて、ママ！　ロブスターの赤ちゃんがいる！と喜んだ。

台所にいたわたしは、そんなものがいるはずは、と考えはじめて、あ、スコーピオンだと気がついて慌てて降りた。

砂漠に生息する黒い大きなスコーピオンと違って、ここにいる種は人を殺すほどの毒を持たないが、こどもの肌を刺せば蜂ほどの毒性はあるはずである。

わたしたちがここに移り住んだ当時、まわりは荒れ放題の草原だったから、野に住むものを近くで見つけた。

一度は家のないひとが背の高い雑草のなかに行き倒れて屍になっているのを隣人が見つけたことさえあった。

もうひとりの隣人の地下室には蛇が迷い込んで、その蛇はなんと空中を飛んだそうだ。

うちの庭にいる蛇ともガラガラヘビとも別物だろう。

"テレビを観ていたら、赤黒い大きな蛇が暖炉の上からソファまで飛んだのよ！”

と半身をプールに浸かったままわたしに報告したのは、当時の大学学長夫人であった。

アリスンの隣に住んでいた。

その光景を何度も想像しているうちに、わたしも実際に目撃した錯覚さえある。

ダウンタウンから入るハイウエイの坂で、黄色い大蛇を見たことがある。

後ろから車が来ていたし、停車できるところでもなかったからじっくり観察できなかった。

そんなものがいるはずはないとも思いながら、そこを通りかかるたびに黄色い大蛇を探して永い。

わたしの記憶のなかで、黄はより鮮やかに映え、しだいに大きくなっているのかもしれない。

年月が経つにつれ、それは単なるロープのようなものでもあったかもしれないと弱気になっている。

散歩時、道路工事の男二人が、道路脇の小箱を覗いては写真を撮っている。

犬と通り過ぎるわたしに、見たいか、ともったいぶって誘うのに、”タランチュラ？”と訊いた。

やっぱりそうで、もうこのごろ何度も観ているわたしは、素通りしたら、彼らは、なんだ、という顔をしていた。