2025年 10月 02日
ちんばのバブーシュ |
みあが12-3歳のころか、ジョージ伯父がプリンセスのためのスリッパーを、とみあにくれて、従妹のジャクリーンも欲しがるのに、残念ながら一足しかなかった。
小さなジャクリーンの恨めしそうな顔を覚えている。
どこかを旅した土産らしい。
スリッパという言葉は、日本人のわたしにとって室内履き、洗面所ではそこで再び履き替える類のものだが、シンデレラのガラスの靴をスリッパ―と表現しているのに意外な気がした。
せっかくのものなのに、部屋の片隅にあるばかりで履かなかった。
つま先がやっと隠れるほどの浅いつくりだから、始終落ち着かないお転婆な足にはおとなしすぎるものだったのか。
装飾が凝っているし、手持ちのバブーシュよりも厚くしっかりした固い皮で、一般のバブーシュとしてのデザインとは異なるから、これもバブーシュのひとつとは思わないでいた。
こどものころ発熱しては、母が心配して朝いちばんで開けてもらう町医者の上り口に冷たく並んでいたスリッパの形。
みあにもらったものだから、小さく見えて、当然こども用と思い込んでよく見たら、そうでもない。
底にサイズの刻印がある。
よくよく見たら、左右違うのである。
39と37。
わたしのアメリカでの靴のサイズは8で、ヨーロッパ式では39.
日本では24㎝ちょっとか。
メーカーによっても異なる。
底同士を並べてみたら、大きさがやっぱり違う。
刻印の押具合で、7と9はほとんど同じに見える。
老眼鏡をかけて、やっとわかる。
ジョージ伯父のことだから、露店商の言い値を交渉して、値引きさせるのに夢中で、左右のサイズが同じかどうか確かめなかったのだろうか。
おそらくモロッコの混雑したバザールで、そんなやりとりをしている姿を想像するのは愉しい。
わたしのほうだって、いただいてから10年以上も経ってから、それに気づいたのもおかしい。
伯父はそのことを知らないままだろうか。
わたしが履いてみたら、履ける。
踵をくるまないからか、37でもきつくない。
伯父の再婚相手はすでにもうこの世にはいなかったけれど、わたしくらいの体格をしていたから、彼女のために買ったのではないか。
底には、わずかに履いた形跡がある。
サイズが違うと言っても、刻印を確かめるまでわからなかったのだから知らない人が見ればわからない。
ベアベル叔母は、肺癌で亡くなった。
喫煙歴もなかったのに。
少女期、オランダからナチを逃れて船に乗って家族で渡米してきた。
彼女からそんな話を聞きながら、”アンネの日記”のアンネと対面しているみたいで、そんな悲劇はうんと昔のことだと思っていたのに、ここにある、と動揺したものだった。
わたしが生れたのは1964年で戦争なんて遠い昔のこと、という感覚だったのに、第二次世界大戦が終わったのはそれよりもたった20年前のことなのだ。
きょうから20年前なんてそんなにむかしのことじゃない。
彼女とは気が合った。
10人きょうだいのジョージ伯父の親族の集まりは賑やかで、ベアベル叔母はそんななかに長くいるとのぼせていたが、当時結婚して10年未満だったわたしもそうだったから、群れからふたり離れて散歩に出たこともあった。
みあが履かないなら、わたしが履かせてもらおう。
”姫”のスリッパにふさわしいプリントの布で携帯用のバッグをもう一枚縫った。
叔母がいなくなってからは、もう結婚は二度でじゅうぶん、とは言っても、ジョージ伯父はあたらしい相棒と旅を続けている。
80歳を過ぎているけど、半年コスタリカに暮らして、そのあとはしばらくアフリカに行ってくる、なんていうふうだ。
ちんばの室内履きを贈った経験は、実はわたしにもある。
義父へのクリスマスプレゼントで、箱には左右違うサイズが収まっていた。
買うときに箱を開けてみなかった。
駱駝色のスエードのローファーのようなスリッパの内側には柔らかい毛が張られていた。
義父はそれから何度もその話をしては、おもしろがっていた。
by ymomen
| 2025-10-02 00:21
| アメリカの季節
|
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Comments(4)
こんばんは。
雷と雨で薄暗くなってしまった秋田です。
今日もとてもいいお話を聞かせてくださってありがとう。
ジョージおじさまのことは存じ上げないのに、なんだか会ったことがあるように感じました。
シックなバブーシュ、みあちゃんにはちょっと地味だったかな?
アメリカから出て他の国に住んでいるなんて自由でいい事!
ちんば…久しぶりに聴いて、なんだ片ちんばのことか!と思いました。
お義父様、何度もその話をして面白がっていたのですね。
お嫁さんである木綿さんのことがきっとかわいくて仕方なかったのだと思いますよ。
雷と雨で薄暗くなってしまった秋田です。
今日もとてもいいお話を聞かせてくださってありがとう。
ジョージおじさまのことは存じ上げないのに、なんだか会ったことがあるように感じました。
シックなバブーシュ、みあちゃんにはちょっと地味だったかな?
アメリカから出て他の国に住んでいるなんて自由でいい事!
ちんば…久しぶりに聴いて、なんだ片ちんばのことか!と思いました。
お義父様、何度もその話をして面白がっていたのですね。
お嫁さんである木綿さんのことがきっとかわいくて仕方なかったのだと思いますよ。
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momenさん、こんにちは!
バブーシュといえばモロッコを思い浮かべるのですが このスリッパも中東とか南欧らへんからやってきたのでしょうか。。。
革製だからきっと長く使うほどに色合いもよくなって、柔らかくなってはきごこちもよくなるのでしょうね。
サイズがちょっぴり違うなんて面白いですね。Momenさんの想像した風景を私も想像しちゃいました。
バブーシュといえばモロッコを思い浮かべるのですが このスリッパも中東とか南欧らへんからやってきたのでしょうか。。。
革製だからきっと長く使うほどに色合いもよくなって、柔らかくなってはきごこちもよくなるのでしょうね。
サイズがちょっぴり違うなんて面白いですね。Momenさんの想像した風景を私も想像しちゃいました。
hanamomoさん
おはようございます。
きょうも快晴です。
毎日こうなので、薄暗い曇りや雨模様になるとうれしいのですよ。
ジョージ伯父は母方のきょうだいです。
ますます元気でいてほしいです。
ちんば、
いまは禁句のひとつになっているのを知ってはいますが、悪意なく、こどもの無垢な性質もあるもので、そうそうなにからなにまで敏感になるのも寂しい気がします。
義父はわたしがミュールを履いていると、なんだ、踵をくるむ靴を買えないのか、と揶揄いました。
踵の部分まで予算が及ばなかった、ということですね 笑
おはようございます。
きょうも快晴です。
毎日こうなので、薄暗い曇りや雨模様になるとうれしいのですよ。
ジョージ伯父は母方のきょうだいです。
ますます元気でいてほしいです。
ちんば、
いまは禁句のひとつになっているのを知ってはいますが、悪意なく、こどもの無垢な性質もあるもので、そうそうなにからなにまで敏感になるのも寂しい気がします。
義父はわたしがミュールを履いていると、なんだ、踵をくるむ靴を買えないのか、と揶揄いました。
踵の部分まで予算が及ばなかった、ということですね 笑
ziggyさん
おはようございます。
こんどジョージ伯父に会ったら、このスリッパをどこで買ったのか尋ねようと思います。
左右のサイズが違うこと、知らなかったら辱めることになるかしら。一緒に笑える気もするんだけど。
底の皮には、鉛筆で象ったしるしも残っていて、手作業で仕上げたもののようなんですよ。
こんどジョージ伯父に会えるのは、先日亡くなったルウ伯父のメモリアルかもしれません。
前回会えたのは、ルウ伯父の90歳の祝いでした。
おはようございます。
こんどジョージ伯父に会ったら、このスリッパをどこで買ったのか尋ねようと思います。
左右のサイズが違うこと、知らなかったら辱めることになるかしら。一緒に笑える気もするんだけど。
底の皮には、鉛筆で象ったしるしも残っていて、手作業で仕上げたもののようなんですよ。
こんどジョージ伯父に会えるのは、先日亡くなったルウ伯父のメモリアルかもしれません。
前回会えたのは、ルウ伯父の90歳の祝いでした。



