2025年 09月 16日
ルウ伯父昇天 |
金曜日の夜、ルウ伯父が昇天した。
娘のリンダとキャシーとレストランへ出向くときの事故だった。
この3月、90歳を祝った。
透析をしなければいけないけれど、したくない、と言っていた。
美食家で、お洒落で、あまりの恰幅ぶりに、誂えのスーツを着ていて、その好みがどこか玄人で、ニューヨークのバーで飲んでいると、ヒットマン(殺し屋)だと間違えられたこともある。
初めて会ったとき、まだ結婚していなかったけれど、わたしをすっぽり抱擁して両頬に接吻した。
そのとき、わたしもこの一族に認められた思いがした。
それから会うたびに、わたしの名前をわかっているのに、ちょっと違うニューヨーク訛の発音をして、それに慣れて、彼なりの愛情の表現のように思えた。
昨秋、ウエストポイントでブラッドの追悼に出向いたとき、もう歩行器なしでは歩けなくなっているのに、ルウ伯父もやって来た。
フロリダで海岸通りを見下ろすアパートメントに暮らして永いのに、ニューヨークあたりまでやってきて、リンダはまだプリンストンに住んでいるから彼女を訪ねているのかと、ダリルがのんびり話しかけるのを、馬鹿ね、ブラッドのためにわざわざ来てくれたのよ、とわたしは義弟の腕をつねった。
そういうひとだった。
わたしのつくるカリフラワーの芥子種炒めを賞賛してくれたのもルウ伯父だった。
みかけは白いままのなんてこともないカリフラワーのこの料理はわたしの自慢なんだけど、そのあまりにもどうってことない姿を認めてくれる人は少ない。
早春、ざわざわと大勢がたむろする居間で、コストコの胡桃とクランベリーのパン二斤を切ったのはルウ伯父だった。
いくらか痩せたけれども、グローブみたいな手でナイフを入れていた。
切るそばから手が伸びて、あっというまになくなった。
ひとの面倒は見るのに、祭り上げられるのを嫌った。
この祝いも本人は嫌がったらしいが、周りに騒がれてしかたなく出てきたのだった。
ルウ伯父の誕生日はブラッドとブライアンの誕生日と同じだから、90歳の祝いではブライアンをも祝った。
ブラッドはもう天国にいる。
今回のライ麦パンには、米粉をはたかなかった。
生地を均したつもりでも胡桃とクランベリーが多かったから、あばたもあばた。
ぼこぼこになっていて、発酵しても焼いてもそうだけど、これはこれでまた愛おしい姿である。
いまのわたしのまわりには、こういうパンを好む人はいないけど、ルウ伯父ならわかってくれたと思う。
*写真上・ルウ伯父が抱いているのは幼かったみあ
by ymomen
| 2025-09-16 02:28
| 家族
|
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Comments(2)
momenさん、こんにちは。
伯父さま、ご冥福をお祈りいたします。 90歳というと大往生とはいえ、やはり残されたものにとっては恋しく感じますよね。 momenさんの投稿を読んで、とても朗らかな優しい方だったことが伺えます。
このパンは他の粉を混ぜずにライ麦粉100%なのですか? やはりどっしりとした見栄えですね。 ナッツやベリーがたっぷり入って美味しそうです。
伯父さま、ご冥福をお祈りいたします。 90歳というと大往生とはいえ、やはり残されたものにとっては恋しく感じますよね。 momenさんの投稿を読んで、とても朗らかな優しい方だったことが伺えます。
このパンは他の粉を混ぜずにライ麦粉100%なのですか? やはりどっしりとした見栄えですね。 ナッツやベリーがたっぷり入って美味しそうです。
1
ziggyさん、
ありがとうございます。
一族の長老でした。
誰からも愛されていました。
たった二週間前、長く患った娘をなくし、次男と妻に先立たれました。
ほとんどの年月を施設内で暮らした娘が昇天して、あちらがわに行く心づもりができたのではないかとも思ったりしています。
このパン、ライ麦粉を熱湯で練ったのを一晩寝かせてからサワードウ種を混ぜ、丸半日寝かせたのち、同量の強力粉を練りました。ライ麦100%が理想ですが、扱いの難しさにいろいろ試しています。
まだまだこれでいく、というレシピは見つかりません。
これでじゅうぶんおいしいのですけど。
ありがとうございます。
一族の長老でした。
誰からも愛されていました。
たった二週間前、長く患った娘をなくし、次男と妻に先立たれました。
ほとんどの年月を施設内で暮らした娘が昇天して、あちらがわに行く心づもりができたのではないかとも思ったりしています。
このパン、ライ麦粉を熱湯で練ったのを一晩寝かせてからサワードウ種を混ぜ、丸半日寝かせたのち、同量の強力粉を練りました。ライ麦100%が理想ですが、扱いの難しさにいろいろ試しています。
まだまだこれでいく、というレシピは見つかりません。
これでじゅうぶんおいしいのですけど。





