2025年 05月 07日
祈る・棒編み針の糸止め |
ロングシュートがことごとく外れ、ボールがパスを遮って盗まれる。
Thunderはハイエナかコヨーテのようにすばしっこく、執拗で、ロングシュートも易々と決め、常に10点以上の差を保ちながら、緩い笑みさえたたえながら余裕で戦っていた。
一方明らかに焦り、どう動いても乱れるNuggetsを爪を噛む思いで観た。
これは相手を読む試合だ、今回負けても次回は、と試合が進むうちに、今夜はどうしたって勝てない、と思った。
Avalanchesが負けた無念のあまり余計腹立たしい夫は半分怒りながら観ていた。
Nuggetsの誰もがまるで片手をもがれたようなありさまで、ふだんの彼らの70%ほどの力しか発揮できないみたいに。
それがお終い寸前に一気に追い上げ、たった数秒というところで、ゴードンのロングシュートが決まって勝った!
またもやゴードン。
派手な選手ではないけれど、要のときに光る。
こういう試合は、結果が見えたようでいても時間いっぱいまで戦わなくちゃいけない、と哀れに思ったくらいなのに、諦めなかったから勝ったのだ。
プロなんだから当たり前だけど。
わたしもこう生きなくちゃ。
きのうから雨。
一昨日散歩に出たとたん、歩道に雨の斑点が浮かび出て、そのうち斑点どころじゃなくなった。
早足で退散。
きのうも同じ。
まるでわたしたちが出かけるのを見計らって雨が降るみたいに。
わたしが洗車すると雨が降る。
花を植えたとたんに嵐が襲う。
Nuggetsはわたしが昨夜一心にわき目をふらずに応援したから勝ったのか。
わたしひとりの想いが気象やスポーツの勝敗を左右できるなんて本気で思ってはいないけれど、祈ることが全く無意味だというひとはほとんどいないのではないか。
古代からなんらかの宗教があり、雨が降らなければ祈り、生贄を捧げ、ひとが産まれれば儀式を行い健やかな生を願った。
ひとが死ねば心を託して弔った。
戦いに出る男たちの無事を女たちは祈った。
遠くに住む大切なひとを想ってその方向に向いて祈りを捧げた。
ふたつの植物を並べ、ひとつには対しては罵り、もうひとつには讃え慰める言葉をかける、という実験をしたビデオを観た。
罵倒されるほうは葉が黒ずみ、枝垂れ、みすぼらしいのに対し、もう一方は葉に張りと光沢があり、しゃんとしている。
ほんとかなあ、とも疑ったけれど、家中に数えきれないほどの植木鉢を育てているをドイさんも、毎日話しかけたり歌ってあげるのだ、と大真面目に言っていた。
スポーツもファンが応援しなかったら、どんな試合になるか。
応援する情熱が選手に、チームに届いて、エネルギーを倍増させると思う。
こちらではふだんから、互いに祈りを分かち合うことが多い。
試練にあるとき、そのひとの大切なひとが病んでいるとき、旅立つとき、あらゆる場合に、祈りを捧げる。
”Ilove you"
と日に何度も言いあう国のことで、祈りというのもおざなり、というふうに見受けていたけれど、やすやすと信じないことも多いが、こんな習慣には意外に大きな力が宿っているのではないかと思うようになった。
親子のあいだでも、夫婦の間でも、"I love you"なんて言いあわないところに生まれ育ったから、こっちの習慣はどうもしつこいというのか、それを過ぎて真意を持たない空虚なもののように感じたこともある。
夫が兄弟を含む親族と通話して、お終いには必ず”I love you"というのは、相手の無事を祈る言葉なのだ。
朝家族を送り出す母が夫やこどもに言う”I love you"も同意で、ちゃんと無事で帰っておいで、という祈りの言葉ではないか。
棒編みの棒から編みかけの糸が抜けない道具を買うつもりだった。
うちにあるもので代わりになるものを探した。
使い捨ての耳栓は、買おうとしていた糸どめとそっくりの形だから使えると思ったけれど、針が通らない。
ナイフで切り目を入れれば使えるかもしれない。
眼鏡を吊るパーツ、コイル状のチェイン、抑え針の代わりに使うクリップを試した。
クリップはなかなかグリップが固くて、使える。
コイル状のチェインは細いほうが安心。
半分に切ってもみたが、切らないままで双方を押さえるほうが安心だ。
眼鏡用の数字の8の字のちっぽけな輪っかがいまのところいちばん気に入っている。
滑らないし、かさばらない。
食器洗い用の目の詰まったスポンジを適当な大きさに切ったのも使えそうだ。
by ymomen
| 2025-05-07 02:36
| アメリカの季節
|
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Comments(2)
momenさん、おはようございます。
宗教に関わらず 自分の信じる神や先祖に祈ることで心休まる事って日々の中で多々あると思っています。
そしてmomenさんの仰る ”I love you”という事の目的、的を得ていると考えます。私ももちろん、日本で育ってそういう言葉を口にする習慣とは無関係で育ってきましたが、結婚して間もなく、仕事から帰った夫に私が”How was your day?"と聞かないことに自分に興味がないのかと聞かれたことがあって その時に言葉にしないとわからない習慣の違いを感じました。 そしてその頃知り合ったちょっぴり年上のお友達、ご主人が警察官だったんですが その日に何が起こるかわからないから どんなに喧嘩をして話したくなくても仕事に出かける時にはハグをしてI love youを言うのを欠かさないようにしていると言っていたのを今でも覚えています。
momenさん、よいアイディアがいっぱい!
宗教に関わらず 自分の信じる神や先祖に祈ることで心休まる事って日々の中で多々あると思っています。
そしてmomenさんの仰る ”I love you”という事の目的、的を得ていると考えます。私ももちろん、日本で育ってそういう言葉を口にする習慣とは無関係で育ってきましたが、結婚して間もなく、仕事から帰った夫に私が”How was your day?"と聞かないことに自分に興味がないのかと聞かれたことがあって その時に言葉にしないとわからない習慣の違いを感じました。 そしてその頃知り合ったちょっぴり年上のお友達、ご主人が警察官だったんですが その日に何が起こるかわからないから どんなに喧嘩をして話したくなくても仕事に出かける時にはハグをしてI love youを言うのを欠かさないようにしていると言っていたのを今でも覚えています。
momenさん、よいアイディアがいっぱい!
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ziggyさん
警察官のご家族をお持ちの方、日々そんなこころづもりでおられるのは痛々しいですが、誰もいつなにか起こるかわからないですものね。
いつ、だれとそれが別れになるのかもしれない、ということを今朝中思っていて、ずっと気になっているのに無沙汰をしているともだちにテキストしました。
会えなくても思いだけでも伝わればいいと。
警察官のご家族をお持ちの方、日々そんなこころづもりでおられるのは痛々しいですが、誰もいつなにか起こるかわからないですものね。
いつ、だれとそれが別れになるのかもしれない、ということを今朝中思っていて、ずっと気になっているのに無沙汰をしているともだちにテキストしました。
会えなくても思いだけでも伝わればいいと。






