2025年 05月 05日
がっくり/ ヴェストを編みながら |
Avalanchesが負けてがっくり。
編物にかまけて、一心にわたしが応援しなかったから負けたのか。
もう今シーズンはおしまい。
かなしい。
くやしい。
Nuggetsは勝った。
そもそも同じ日に試合があるはずではなかったんじゃないかなあ。
そういうのはよくない。
応援するオーラが二分されて、どっちかに愛情が劣る。
どっちも愛しているのに。
ふたりのこどもへの愛情を試されているようである。
今朝起きて、まず夫に発した言葉は”悔しい”で、夫はわたしの隣に座って、スポーツってのはそういうものなんだ、と諭した。
わたしがこれだけ悔しいのだから、当の選手らの悔しさは計りきれない。
Meek先生が譲ってくれたセーターの編み方は、シンプルなようでもラグラン袖で、読んでるだけでくらくらする。
身の程知らずだと、謙虚に、初心者向きの、"super easy, super quick to knit"と書かれたヴェストを編むことにした。
それでも難しい。
m1l、m1rとか、いちいち検索しながら習う。
何度も目のすくい方を教えてくれる動画を再生しながら習う。
最初の二日で後ろみごろの半分と、前身ごろの胸まではできたけど、あまりにぼろぼろがたがたなので、翌日、ほどいた。
初めからやりなおし。
一日何段でもできればいいのだ、急がなくていい、と唱えながら編んでいる。
洋服の型紙にも2時間で縫える、なんていうコピーがついていて、わたしがやり始めたら1日で終わらない。
こんな難しいことをやりとげて完成したヴェストなりセーターなりを片想いのひとにあげても相手は困るだろうとしみじみ思う。
怨念が編みこまれているみたいだ。
これができたら着るのは自分しかいないのは、いい。
不細工でも着るつもりだけど、どうだろう。
"super"という形容詞が嫌いだ。
super nice
super delicious
こういう軽薄な形容を軽蔑する。
m1r、m1lというのは編み目を増やす方法で、セーターのどの位置にあるかで違うということも知らなかった。
洋服を作るとは難しいことなのだ。
化繊の安物が出回って、ひとは食品を買うように服を買うようになった。
ウオルマートのレジで待っている間、前に並ぶ人のカートに、生鮮食品、朝食用シリアルなどと、ポリエステルのワンピースが同居していたのを目撃して奇妙だと思ったのはずっと前のことで、いまではそれがふつうになっている。
学生時代に知り合ったキムは、学業のほか、病院で患者のファイルを整理する仕事をしていて、夜遅くに帰ってくると、グリルドチーズサンドイッチを夜食にするという慎ましさだった。
オレンジジュースをそのまま飲むのはもったいないと、水で希釈するほどであった。
未亡人の家の二階を借りていて、二部屋あるのに、ひとつはベッドがあるにしても洋服が畳まれることもなく、ただそこに床が見えないくらい積まれていた。
どれも着てはそこに脱ぎ散らかしているというふうで、洗っているのかどうかもわからない。
その部屋に入っては、どれかを拾って着る、という具合だった。
ある日結婚式に出るから新しいドレスを買わなくちゃ、とウオルマートでポリエステルのワンピースを買った。
丈の短いつんつるてんの、もちろん裏地もないワンピースはいかにもわびしいものであった。
キムが自立して大学に籍を置いているのは敬うけれど、一部屋いっぱいに埋まる洋服を買うなら、質の良いものを数枚買うことはできそうに思えた。
そういえば、陶器の食器があるのに、薄っぺらい紙皿で食事しているのも侘しさに輪をかけていた。
アメリカ人というのはなんだかみすぼらしい、とがっかりした。
金銭的に限られている、ということとは違ったみすぼらしさを見た気がした。
だけど、いまやアメリカ人の多くはキムのように洋服を扱っているのではないか。
数度袖を通した化繊の服は、捨てられないならばチャリティという名のもとに処分され、発展途上国に送られても使い切れずに土に戻れないゴミになる。
セーターを編み乍ら、洋服とはなにか、と考えた。
ほんとうの豊かさとはなにか、と考えた。
by ymomen
| 2025-05-05 07:19
| アメリカの季節
|
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|
Comments(5)
momenさん、こんにちは!
こちらの編み図って暗号のような文字がずらっと並んでいて素人にとっては何が何だか。。。という感じですよね。私が今まさにそうです。 こればかりはピアノやギターのコードのように覚えてみにつけるしかないのでしょう。
初心者向けに出されている動画がいっぱいあるのはありがたいですよね。 私も何十年も前に経験したセーターの編み方なんてとっくに忘れているのでそういった動画にお世話になるつもりです。
衣類とは違いますが日本ではほとんどの生活用品が百均で揃っちゃいますよね。 お値段の割にはしっかり使えたりとても便利。
それでもやっぱり”使い捨て”という印象がぬぐいきれません。 少し高くても良い物を長く大事に使いたいと思うのはやっぱり歳を重ねたせいでしょうか。
こちらの編み図って暗号のような文字がずらっと並んでいて素人にとっては何が何だか。。。という感じですよね。私が今まさにそうです。 こればかりはピアノやギターのコードのように覚えてみにつけるしかないのでしょう。
初心者向けに出されている動画がいっぱいあるのはありがたいですよね。 私も何十年も前に経験したセーターの編み方なんてとっくに忘れているのでそういった動画にお世話になるつもりです。
衣類とは違いますが日本ではほとんどの生活用品が百均で揃っちゃいますよね。 お値段の割にはしっかり使えたりとても便利。
それでもやっぱり”使い捨て”という印象がぬぐいきれません。 少し高くても良い物を長く大事に使いたいと思うのはやっぱり歳を重ねたせいでしょうか。
1
アメリカというか、海外の編み物ダイレクションは難しいと思います。ずっと文字で書かれているので、間違えた時や迷った時に戻るのが大変。日本みたいに図で示してくれたらいいのに、と思います。気に入って編んでも、次回同じように編めるかどうか、って感じです。
>ほんとうの豊かさとは何か
何だって安価に手に入るのは、日本も同じですね。
昨日、アウトレットモールに行ったんですが、プロパーで売れなかった服だけで市場が構成されるって、すごいなと改めて思います。アメリカのアウトレットモールみたいに激安ではないですが、ここで捌けなかったものはどうなるんだろう、なんて思います。ひと頃、1回着て白Tシャツを捨てるとか、白スニーカーも汚れたら捨てるとか、そんなことを公言する素人ファッション・アイコンの人たちもいましたが、その人たちどうなったかしら。それって豊かなの?って感じです。
最近はオーバーサイズの服で、ユーザーを限定しないって方向みたいですけど、それはそれでどうなの?と思います。私は洋服の二軍を無くしたいです。自分のクローゼットから。
>ほんとうの豊かさとは何か
何だって安価に手に入るのは、日本も同じですね。
昨日、アウトレットモールに行ったんですが、プロパーで売れなかった服だけで市場が構成されるって、すごいなと改めて思います。アメリカのアウトレットモールみたいに激安ではないですが、ここで捌けなかったものはどうなるんだろう、なんて思います。ひと頃、1回着て白Tシャツを捨てるとか、白スニーカーも汚れたら捨てるとか、そんなことを公言する素人ファッション・アイコンの人たちもいましたが、その人たちどうなったかしら。それって豊かなの?って感じです。
最近はオーバーサイズの服で、ユーザーを限定しないって方向みたいですけど、それはそれでどうなの?と思います。私は洋服の二軍を無くしたいです。自分のクローゼットから。
ななみん
わたしにとっては日本式の図案も読めないので、こちら式のほうがかんたんよと言われたら、それを信じていますが。
要するにどっちもわたしには難しい 笑
洋服はどんどん布も縫製も質が落ちていますね。
消費者もそれでいいと値段と価値に妥協しているからなんでしょうね。
わたしも必要以上の服持ちですから偉そうなことは言えません。だけど、帰国しても、まるで制服を着ているようにみんな似たような恰好をしていて、紙製のような安物大量生産の服だと見受けます。
かつて、洋服を買うのはもっと改まってよく考えたものだと思います。
白いシャツを一度着て処分する、と発言してそれが受け入れられたということにも納得いきません。
あんまり大きなサイズの服はカルト集団の装いのようにも見えます 笑
装いというのはひとの人生のなかで傾向が変わるものだから、無駄が出るのも当たり前とは思います。
いまはときにも頻度にもこだわらず、よく買いますね。
わたしも近年は、欲しいと思ったらまず自分の在庫を見直して、手を入れられるものを直してみたりしています。
それほど持っているってことも問題なんですけど 笑
わたしにとっては日本式の図案も読めないので、こちら式のほうがかんたんよと言われたら、それを信じていますが。
要するにどっちもわたしには難しい 笑
洋服はどんどん布も縫製も質が落ちていますね。
消費者もそれでいいと値段と価値に妥協しているからなんでしょうね。
わたしも必要以上の服持ちですから偉そうなことは言えません。だけど、帰国しても、まるで制服を着ているようにみんな似たような恰好をしていて、紙製のような安物大量生産の服だと見受けます。
かつて、洋服を買うのはもっと改まってよく考えたものだと思います。
白いシャツを一度着て処分する、と発言してそれが受け入れられたということにも納得いきません。
あんまり大きなサイズの服はカルト集団の装いのようにも見えます 笑
装いというのはひとの人生のなかで傾向が変わるものだから、無駄が出るのも当たり前とは思います。
いまはときにも頻度にもこだわらず、よく買いますね。
わたしも近年は、欲しいと思ったらまず自分の在庫を見直して、手を入れられるものを直してみたりしています。
それほど持っているってことも問題なんですけど 笑
ziggyさん
おはようございます。
みあが、あるAIを使うと、こういうものの解説をしてくれると提案してくれたんですが、わたしなりに四苦八苦したほうがいずれは覚えると思うので、いちいち検索して編んでいます。
出来がどうなるかどうかは別にして、わたしはこうして食も忘れて没頭するのが好きです。
頭の中の小さな引き出しを発見するみたいで好きです。
ものの価値、つくるもののむつかしさ、ということがわかってきたから、使い捨て、ということがいやになったとわたしは思います。壊れてもそれが修復可能ならば、使い続けたいけれど、いま売られているものは修復できない、しない仮定で製造されているものが多いのですよね。
叩かれているTarif問題は、そういう根本を見つめなおす機会でもあると思っています。
おはようございます。
みあが、あるAIを使うと、こういうものの解説をしてくれると提案してくれたんですが、わたしなりに四苦八苦したほうがいずれは覚えると思うので、いちいち検索して編んでいます。
出来がどうなるかどうかは別にして、わたしはこうして食も忘れて没頭するのが好きです。
頭の中の小さな引き出しを発見するみたいで好きです。
ものの価値、つくるもののむつかしさ、ということがわかってきたから、使い捨て、ということがいやになったとわたしは思います。壊れてもそれが修復可能ならば、使い続けたいけれど、いま売られているものは修復できない、しない仮定で製造されているものが多いのですよね。
叩かれているTarif問題は、そういう根本を見つめなおす機会でもあると思っています。


