2025年 04月 25日
聖香のお母さんの編んだ食器洗いスポンジ |
ご両親から継いだ料理屋を商っていて、聖香にそっくりのお母さんが必ずいらした。
これで食器を洗うといい、体も洗うといい、とご自分が編まれたものをたくさんくださった。
それぞれセロファンの袋に入れられて和紙テープで留めてあるのは、なにかのときに贈りものにしようとなさったことだろう。
明るい色とりどりで、スマイルもある。
帰って来てから大事にしまって、台所にもシャワー室にもおろせないでいたら、聖香のお母さんは昇天なさった。
父は製麺業を商ううち、市内のほとんどの食堂とつきあいがあったから、互いの苦労の聞きかじりもある。
だから、ごく親しいといいうのではないけれど、小さな町中で、せめて二世代のちゃぶ台で起きたことくらいはわかっているという了解のようなものがある。
わたしが産まれるまえに関東と関西に嫁入りした叔母のことまでご存知で、こどもだったわたしは無頓着だったが、案外見えないつきあいがあったのだろう。
ということは、”ぎよんさん”(祇園さん)と呼んでいたうらぶれた神社の階段の脇に祖父母と父らが住んでいた、わたしの両親が結婚する前の時代からのおつきあいということになる。
母は嫁いできて間もなく、なにもかもに慣れないころ、”粟生(あお、という苗字)のイーヤだけはやさしかった”と晩年になっても呟いて、”イーヤ”というのはそのひとの名前ではなくて、おじさんとかおじいさんとかいう意味だということをずっと知らないでいた。
生まれ育った通りのはずれのガス屋の女将さんがみあを見て、まあ、あんた(わたしのこと)のお父さんにそっくりや、とため息をもらしておられたが、わたしのほうは、お目にかかった記憶がないということもあった。
聖香のお父さんがご主人だったころは、川沿いの寿司屋を商っていたが、ある年に川が大氾濫し、あの一帯は浸水した。
そのあと、もうすこし川から離れたところに店を移したのである。
隣は幼馴染の良平くんの家で、お父さんはうちの父と同年。
良平くんのお母さんはハリウッドの女優かというような、びっくりするような美人で、洋装店を持っていた。
こどものわたしが、どうして日活の女優を超えてハリウッドと思ったのか、というと、日本人離れした美しさを感じたからだと思う。
ひとりになった良平君のお母さんは、なにかと聖香とお母さんを頼っていたようで、わたしもそうやってお会いできたが、いまは施設におられると聞いた。
聖香には、お母さんがいなくなってもひとりで商っている。
パンデミックの間は閉店をやむえず、やっと解禁の兆しが見えたころからおでんの屋台を出したこともあった。
聖香は、お母さんのことを、”かあさん”と呼んでいた。
カウンター越しに賑やかに互いをなじるかのように会話をしながら、甘いものがあった。
”かあさん”とご母堂を呼んだひとをもうひとり知っている。
双方ともに、親孝行なひとだ。
わたしが前回帰省したときは、実家の整理ばかりの毎日で、夕刻になると、野菜食べたい、と甘えて彼女を訪ねた。
スーパーに寄って刺身などを買う日も、聖香のところに持ち込んで、彼女の顔を見ながら食べるとほっとした。
いまもまだ”お土産”はそのままにとってある。
使ったほうが弔いになるのでは、と思う。
でもなかなか使えない。
自分でも編んでみた。
電子レンジで温めたスープのボウルが熱いのだけど、手のひらにうけてテレビを観ながらたべたいときにティ―タオルを使っているが、そういう代わりになるもの。
コースター。
鍋敷き。
ティ―ポットを載せるもの。
ぐるぐるこま編みで、色を変えながら編んでみた。
使い道に困っているサリのリサイクル糸を包みながら編んだのは、厚みがあるから鍋敷きにいいと思う。
これらについてはまた後日。
by ymomen
| 2025-04-25 00:16
| 布と糸あそび
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Comments(2)
momenさん、おはようございます。
手編みのプレゼント、嬉しいですねえ。 コースターにもよし、スクラブにもよし。。。こういうのを沢山編んでおくといつでも’どうぞ~!っと人に渡せてよいアイディア!
それらを目にしたり手にしたりする度に 聖香さんや彼女のお母さまの顔が思い浮かぶのでしょう。 もったいなくてなかなか使えない気持ちがわかる気がします。
聖香さんとご家族とは長いお付き合いだったんですね。 ただ同じ空間にいるだけで気持ちが落ち着く幼馴染のような存在はありがたいですよね。
手編みのプレゼント、嬉しいですねえ。 コースターにもよし、スクラブにもよし。。。こういうのを沢山編んでおくといつでも’どうぞ~!っと人に渡せてよいアイディア!
それらを目にしたり手にしたりする度に 聖香さんや彼女のお母さまの顔が思い浮かぶのでしょう。 もったいなくてなかなか使えない気持ちがわかる気がします。
聖香さんとご家族とは長いお付き合いだったんですね。 ただ同じ空間にいるだけで気持ちが落ち着く幼馴染のような存在はありがたいですよね。
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> Ziggyusさん
おはようございます。
幼馴染というのはありがたいです。
小さな町で、幼稚園から中学校、あるいは高校までつかず離れず、というふうに育ち、つきあうグループが違っていても存在は視界にあって、というふうでした。
そう近しい間柄でもなかったのに、おとなになって縁あって、というのもあります。
両親がいなくなっても、ふるさとにともだちがいるのはさらにありがたいことです。
おはようございます。
幼馴染というのはありがたいです。
小さな町で、幼稚園から中学校、あるいは高校までつかず離れず、というふうに育ち、つきあうグループが違っていても存在は視界にあって、というふうでした。
そう近しい間柄でもなかったのに、おとなになって縁あって、というのもあります。
両親がいなくなっても、ふるさとにともだちがいるのはさらにありがたいことです。


