2025年 04月 19日
matzo |
Matzo
Matzah
3300年前
エジプトに囚われていたイスラエルの民が放たれたとき、小麦粉を練って焼いたパンを携えて旅立った。
生地をイーストで発酵する暇もなかった。
そのパンをこう呼ぶ。
マッツオ
マッツア
キリストが最後の晩餐で分かち合ったパンも、これらしい。
イースターの教会での集いにみあが焼くと言っていた。
木曜日の夕方に必要だから、火曜日の夜に家に来て焼くという。
火曜日になって、
木曜日に要るのなら、わたしが木曜日の午後に焼いてあげる、
みあが焼くということにこだわるのなら、別だけど、
と打診したら、
そうしてくれると助かる、
ということになった。
花子さん
うちのメイド。
パン焼き器の名前。
うどんをこねるのも、パン生地をこねるのも花子さんがしてくれる。
母の時代になかったものはいろいろあって、そういうものが働いてくれている間にわたしは昼食をとったり、珈琲を飲んだりしていられるのだから、ありがたい身分だ。
だからそれらをわたしのお手伝いさん、と思っていて、それぞれに名前をつけている。
ほんとのメイドのいる家で育ったというひとは、お手伝いさんのいる暮らしに助けられているけれど、そういう育ちでないわたしは、そういう存在に頼ることが可能であっても、気を遣うばかりでこっちのほうが疲れてしまう。
花子さんが生地をこねてくれている間に、Matzoに関する検索をしていたら、これは本来小麦粉と水だけで練ったそうなので、みあから託されたレシピとは違う。
花子さんが目下捏ねている生地には、塩とオリーブオイルが入っている。
そのむかし、旅をするのに携えた食料だから、”美味”という贅沢はなかったろう。
焼いて数日たったのをありがたく噛みしめたろう。
目指す安全な土地へ行きつくまでに命を繋ぐためのものだったろう。
古代日本人の携帯した干飯のようなものだろう。
だから、贅沢版の焼きたてMatzoは、現代人においしいじゃないの、と喜ばれてもいけないような気がする。
はるかむかしのひとびとの苦悩と、そこから這い上がった強さと希望の味がしなければならないパンだ。
オリーブオイルが入っている生地だからべたつかず、小分けにして伸ばすのにも何の苦もない。
打ち粉もいらない。
パスタマシーンを使ってのばしたからあっという間。
この道具にもずいぶん世話になっている。
彼女にも名前がある。
”お鐘さん”
実家は製麺工場を営んで、”鐘麺”という名前もかつての持ち主から譲り受けた。
学校相手に教材を販売するのが生業だったが、過疎が進むうちに生徒数が減り、副業にしたのだった。
父がわたしを訪ねて滞在した折、Home Depoで長いままの木棒を買ってきて、うどんを打った。
パスタマシーンを買ったのはそれよりずっとあとのことだ。
古臭いというか、あか抜けないというか、履き古したつっかけみたいな名前が好きだ。
焼くのはほんの3分だから、慌ただしい。
まずクッキーシート3枚分の生地を用意しておいてオヴン点火。
それぞれを焼く間に残りの生地をマシーンにかけて、パーチメントペーパーに並べて次々に焼けるように用意した。
初めに使ったクッキーシートからペーパーのまま網の上に受け、伸ばした生地をペーパーごと熱いままのクッキーシートにすべらせて移動させてオヴンに入れて3分、を繰り返した。
小麦粉 250g
塩 小匙4分の3
オリーブオイル 80㏄
水 100㏄
わたしは、この2.5倍のレシピで焼いた。
以上を捏ねて、小分けにして薄く麺棒、あるいはパスタマシーンで延ばし、パーチメントペーパーを敷いたクッキーシートに並べ、フォークで空気穴を開け、摂氏260度(華氏500度)で3分焼く。
生地をまとめた後、ねかす必要は、もちろんない。
オイルのおかげで軽いクラッカーという感じ。
まったく焼き色がつかなかったのを後悔している。
ちょっと焦げ色がついたほうがよかった。
さくさくもろいのは現代人には口当たりが良いが、旅支度の食糧としては、携帯時間が長引くうちに粉々になりそうだ。
本来はもっとしっかりと硬いものだったろう。
日持ちさせるためにもよく焼いたはずだ。
厚みも均等ではなかったろう。
夫の親族の集まりには、必ず上等のピタが大量に用意されていて、このあたりでは見当たらないから自分で焼こうと思いながら、高温でオヴンで熱した状態のピザストーンに二次発酵した生地をせわしなく移動させながら焼くという作業に自信がなかったが、マッツオを焼くようにすればいいのだと気がついた。
by ymomen
| 2025-04-19 00:15
| 食
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