2025年 03月 01日
"Conclave" |
”Conclave”
映像が素晴らしい。
ヴァチカンの慣習や規律が珍しい。
投票壺の蓋に票を置いて、それを浮かして二つ折りにした票を壺に落とす。
それらを読みあげては、赤い糸を通した針に突き刺していく。
票が分かれて、なんども投票が繰り返される。
188名の枢機卿のうち、誰なら新法王の器を満たすか。
無機質のようでなにもかもが曇りなく磨かれて、ひとの体臭のないところかと思わせる。
世俗から隔離された王国かと思いきや、そこもまた世俗である。
生臭いヒトがそこにいいる。
聖衣の下に隠れた澱が明るみになる。
それほどの高みに立つ可能性を与えられなければ、その悪臭もさらけられずにすんだのに。
それを見つめている尼もいる。
誰もが予想しなかった結末。
どうしてあそこまで捻る必要があったのか、わたしにはわからない。
それがいけないのではない。
でもどうしてそれを重きにしなければ気が済まなかったのかがわからない。
そこに至るまではほとんど熱に浮かされたように魅せられていた。
映像の、視線の美しさ、演技の見事さ、物語の巧みさを再確認したくて、二晩続けて観た。
二度目に観終えて、疑問は感動よりも肥大した。
多くの賞賛のなか、わたしにはなにか苦いものが残る。
フィクションであることはわかっていても。
つい先日、コンゴで70名のキリスト信者がイスラム信者によって斬首殺害されたことは広く報道されなかった。
イスラム信者のすべてが罪人でもない。
どこにも、宗教の柵のなかにも、濁りはある。
しかしそればかりを強調して、そのものに対しての深い知識のない者に、スキャンダル、目に珍しく美しいもので魅了させながら闇へ導くのはそれもまた罪ではないか。
信仰というものは、信者にとっては聖域である。
それを頼みに生きている人がいる。
祈るところ、教会のありかたを問う気持ちはわかるが、澱ばかりを語るのは、冒涜だ。
淀みを晴らそうという願いもあるに違いないが、映像が溜息がでるほどに美しいだけに、困惑している。
なにかを観落としていたか。
映像とヴァチカンという不思議な国のからくりに魅了されて盲目になってしまったか。
だからそのあと、原作を朗読本で聴いた。
目に映るものに惑わされなければ、”見えなかったもの”に気づくのではないかと思った。
描写はこの場合もまた原作のほうが詳細で、枢機卿のさらなる汚職が書かれていたが、映像には省略されていた。
原本を初めから終わりまで聴いても、わたしの迷いとおそれはここにある。
この作品は数々の受賞をし、ついに法王と選ばれた役者はあるメディアで、いかにもいまどきの世俗的な踊りを繰り返し披露しているのが異様に映った。
現法王の健康が脅かされているいま、報道を観ながら不吉な思いもある。
by ymomen
| 2025-03-01 03:03
| 映画・テレビ
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Comments(2)
momenさん、こんにちは!
この映画、二週間前くらいに観ました。
すごく名の知れた俳優陣ですよね。 momenさんと同じく 撮影と美術が美しく、弦楽のバック音楽も良かったし、選挙の場面も興味深く見ました。
最後の最後にどんでん返し、予想さえできていませんでした。
サスペンスの作品とはいえ、今のバチカンの状況を考えると それほどかけ離れているわけでもないのかな。。。なんて。
この映画、二週間前くらいに観ました。
すごく名の知れた俳優陣ですよね。 momenさんと同じく 撮影と美術が美しく、弦楽のバック音楽も良かったし、選挙の場面も興味深く見ました。
最後の最後にどんでん返し、予想さえできていませんでした。
サスペンスの作品とはいえ、今のバチカンの状況を考えると それほどかけ離れているわけでもないのかな。。。なんて。
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ziggyさん
おはようございます。
わたしも観てからしばらく経つんですけど、書き始めては投稿を迷ってそのままにしていました。
どちらかというと批判する類の意見はその意味がなければ、投稿すべきではないと思うからです。
おっしゃるように”それほどかけ離れていないのかな”と思わせるほどの’説得力があるということがおそろしいのではないでしょうか。
ヴァチカンという”守られていて、秘密めいている”ところをわたしたちの好奇心で事実から離れて勝手に奇怪なものに作りあげている。それが聖地であるにしても。
おはようございます。
わたしも観てからしばらく経つんですけど、書き始めては投稿を迷ってそのままにしていました。
どちらかというと批判する類の意見はその意味がなければ、投稿すべきではないと思うからです。
おっしゃるように”それほどかけ離れていないのかな”と思わせるほどの’説得力があるということがおそろしいのではないでしょうか。
ヴァチカンという”守られていて、秘密めいている”ところをわたしたちの好奇心で事実から離れて勝手に奇怪なものに作りあげている。それが聖地であるにしても。


