2024年 11月 01日
棒寒天 |
防寒に重たいジャケットを着てしまうとせっかくのコスチュームが隠れてしまう無念さをこどもが小さいときに覚えているから、寒かったハロウインばかりを恨んでいるだけかもしれないけれど、今年もそうだ。
早朝の窓には霜が降りている。
日本に住んでいたころ、霜柱を踏んで冬の到来を感じたが、ここに住んで霜柱を踏んだことがないのは、土が粘土質で固いせいだ。
ニューヨーク州の叔父たちを訪ねて柔らかい大地を歩いて、これが故郷の土だったと思った。
こどもだったわたしが霜柱を踏んで地面を見れば、棒寒天を寝かせたように薄い氷の層が土を含んで立っていた。
そんな画像が半世紀たっても脳の隅っこに残っている不思議。
生きている間に棒寒天を見るたびに無意識に霜柱を連想していたか。
蜂の巣にも似ているか。
落葉の舞うのが美しい。
車が走るそばから葉が躍る。
そうして冬がやってくる。
北米の真ん中あたりに住んでいるから、東海岸へは、北米を東にほとんどまっすぐに飛んだ。
上空から地上を眺めると、移動するにつれてどんどん緑が濃くなって、さらには紅葉さえも鮮やかだった。
ミシガン湖上空では、船が浮かんでいて、ああ、岸に向かっていると追っていたら、そのまま陸をつっきったから、船ではなくて小型飛行機だと気がついた。
たった2週間前のことなのに、東海岸はすっかり秋だと思ったら、いまここもそうである。
枯葉を掃いても掃いても、舞ってくる。
うちが掃いてもよそから舞ってきて、隣で掃いてもうちから舞っていく。
風に任せて掃なくていいじゃないかと思うけど、隣人が掃いていればそういうわけにいかない。
ここは乾燥しているから、葉が枝を離れるとき、すでにぱりぱりに枯れている。
ラヴェンタ叔父の果樹園でもトレイルの奥でも、落葉は湿っていて、芳香を発していた。
土を踏みしめるごとに、柔らかな弾力があって、ここの土とは違っていた。
ヴェルヴェットの苔の鮮やかなこと。
わたしはいつも食べものことを考えているのに、この数日食べたいものを思いつかない。
もちろん断食しているわけではないけれど、これがどうしても食べたいというのがないのだ。
レンズ豆のスープを作った。
オレンジ色のレンズ豆、玉葱、人参、セロリ。
だしはシャンタンとカレー粉。
人心地つく。
こういうしょぼいものを食事とすると、リセットできるような気もする。
ほかには、果物や、干し芋、茹でたひよこ豆などを食べている。
干し芋ももうなくなった。
また作ろう。
隣町のアジアマーケットに行くからには、買い忘れのないようにメモをしておく。
薩摩芋、大根、青菜のいろいろ。
すべて土から生まれるものばかり。
by ymomen
| 2024-11-01 00:14
| アメリカの季節 秋
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Comments(2)
小学生の頃、サクサクと霜柱をわざと踏んでいましたね。
霜柱自体を最後に見たのはいつ?
地球温暖化になる前からです。
栄養士に食事日記を見せています。
3食前が思い出せないことなんてよくあります、
霜柱自体を最後に見たのはいつ?
地球温暖化になる前からです。
栄養士に食事日記を見せています。
3食前が思い出せないことなんてよくあります、
1
ソーニャさん
日本でもそうですか。
都会暮らしだから、というのではなくて?
田舎でもそうなのですかねえ、地球温暖化ならば。
ああ、ほんとにサクサクという音がしました。
三食前が思い出せないというのは、ご馳走が重なっているからではないでしょうか。
わたしはたいしたことないものばかりを食べているから覚えています、
って、皮肉っぽいようですけど、そんなつもりはありません 笑
日本でもそうですか。
都会暮らしだから、というのではなくて?
田舎でもそうなのですかねえ、地球温暖化ならば。
ああ、ほんとにサクサクという音がしました。
三食前が思い出せないというのは、ご馳走が重なっているからではないでしょうか。
わたしはたいしたことないものばかりを食べているから覚えています、
って、皮肉っぽいようですけど、そんなつもりはありません 笑



