2024年 10月 27日
ニューヨーク郊外で |
ニューヨークの雑踏から離れた叔母の家は、夫が幼少期を過ごした町にある。
Saugerties, NY.
夫が住んだ家にドライブしたら、まだそこにあった。
広い敷地に整然と。
その昔に撮った写真と全く変わらない風情で、時が凍結したように。
ここで馬も飼っていたそうな。
厩まで裏庭に、そのままにあった。
色あせた写真のなかの、やんちゃな少年だった夫と兄弟がじゃれあいながらドアから飛び出してきそうな気がした。
ここで末弟のダンは生れた。
いちばん落ち着いていると思った長兄は、夫には悪いバイキンがあると言ってからかって、悔しい夫は食事時にすぐ下の弟の皿をわざと触っては喧嘩になって、その場では夫が悪者になるのだけれど、どこかで長兄がいつも”喧嘩の素”を仕組んでいたのだと、その昔の恨みを越して懐かしがるような話を聞いたことがある。
そんなことが、この家のなかであったのだ。
少年らのかわいい諍いの声が聞こえてきそうだった。
このころ、後にブライアンとブラッドの母になるロレインは健全で美しい少女であった。
80年代から取り残されたような雰囲気が町全体にあって、ここに引っ越してくれば、と誘われるような魅力がある。
リタ叔母の家に到着するや、ラヴェンタ叔父は家のなかに招いてくれないで、荷物をトランクから出す暇もなく、自慢の果樹園を案内したがるのに任せたら、いくつかまだ樹に残る林檎、イガの青い栗、小さな柿、それに知らない果実の生る樹を見せてくれて、わたしが片っ端から食べたがるのを嗤った。
未知の果物というのは、メドラー(medlar)、パウパウ(pawpaw)、ミシガン・キウイ(michigan kiwi).
メドラーはローマ時代からある果物で、宇宙的で奇妙な姿をしている。
蜜蜂が飛んで来たら、食いつきそうな形なのだ。
果実が樹についたままで、二度凍る寒気を過ごしてやっと熟すという不思議なもので、まだ食べごろには至ってなかったのが残念である。煮林檎のように、柔らかくて甘いそうな。
パウパウは短いバナナのようで、薄い皮のなかの実はカスタードかバナナのよう。
バナナよりも酸味があって、とろりとしている。
ミシガン・キウイは、茱萸よりも大きく鶉の卵よりは小さい大きさの実。
わたしがスーパーマーケットで買うキウイのような皮に産毛がなく、皮ごと食べられて、味はまさしくキウイなのだ。
わたしが栗好きなのを知っているから、着いたその夜、アリス叔母は栗のムースをデザートに拵えてくれて、翌日はラヴェンタ叔父が栗を茹でてわたしが食べるままに剝いてくれた。
まだ食べるのか、ほんとに好きなんだな、となかば呆れて、いそいそと剥いてくれた。
叔父の栗はアメリカン・チェストナッツという種類で、ころりと丸っこい。
剥くうちに皮がつるりと剥がれる。
甘栗、マロングラッセにする栗のようだ。
ハンガリーが故郷の叔父も、こうして食べた。
焼き栗として露頭で売られていたのだろうと思ったら、彼の母もまた茹で栗にしたそうである。
アリス叔母がスーパーマーケットでイタリアン・チェストナッツを買ってきてくれたら、それは日本で親しんだ栗だった。
片方が平べったい。
肉質が柔らかくほくほくしている。
なるほどこれをマロングラッセにしようとすれば崩れてしまう。
遠慮のない食いしん坊のわたしは、叔父自慢の果実を次々と食べた。
夕飯のおかわりができないほど、食べた。
彼らの娘ふたりは成人したが、こどものころからスキーが得意で、16エーカーある土地に、スキーのジャンプ台まで建て、スロープの下に小さな小屋も兼ねていて、そこに登ると果樹園が一望できる仕掛けになっている。
そこからほど近いハドソン川に添うトレイルも歩いた。
小道をちょっと逸れるだけで、森の中に入り込んだような自然があった。
鬼笛があちこちに落ちていたのは、川沿いに茂る植物の産物で、大きな川だから海のように波が打ち寄せると、岸に上がる。
日本に住んでいたこどものころ、これらを集めて戯れた。
英語でなんというのかわからなくて、日本では、Devil'e whistleというのよ、とラヴェンタ叔父に言ってよく見たら、鬼笛はほんとに怖い鬼の顔に見えた。
中身をえぐり取って、笛にして遊んだのは半世紀も前。
トレイルが終わったところに義母、リタ、アリス叔母が川に向かったベンチに座っていた。
わたしたちが近づく気配に気がつかないで、何やら話し込んでいる後姿がやわらかい。
ひとしきり林檎を剥いて食べたり、お喋りしたりしたあと、叔父とわたしたち夫婦は歩き足りなくて、またトレイルを引き返した。
ラヴェンタ叔父は父よりも一回り若いけれど、姿もなにもかも似ていて、まるで父と過ごしたような安心感と懐かしさがあって、ずいぶん久しぶりに会ったのに、すっかり甘えた。
銀杏もある。
博識な叔父が、実を食べることを知らなくて、拾って種を洗い、金槌でひびをいれたのを乾煎りして供したら喜んで、叔父の知らないたったひとつのことをわたしが知っているようで得意になったけれど、東洋人なら誰でも知っている。
ニューヨークでは欲しいものも買いたいものもなかったけれど、ここには素敵なものだらけだ。
ニューヨークに住んで四年目のジャクリーンはすっかりニューヨークに魅せられて、わたしだってその魅力が、エネルギーがちょっとだけわかったような気がしたけど、”I♡NY"の土産は、と誘われても、いまやどこの都市の土産もMADE IN CHINAだから、持ち帰ってなんになる。
どの収穫物も好きなだけ持って帰っていいと言ってくれるけれど、飛行機で帰宅するから欲張れない。
林檎は不格好なものと、見てくれのいいものとに仕分けしていて、きれいなものを持ってお帰りと勧めてくれるけれど、そうでないもののほうが愛おしい。
キウイは樹を離れたとたんに萎えると、出発の朝に叔父が採って持たせてくれた。
もうピアノを弾けない、ひとに聴かせるほどじゃないと言っていたのに、別れ際に弾いてくれて、それだけでも嬉しいのに母のことも思い出して涙がこぼれた。
朝は早くから食べられないというわたしに、アリス叔母がサンドイッチやら、ピーナッツバターと林檎を切ったのを添えたのを持たせてくれて、まるで母のようにかまってくれるので、ますます胸がいっぱいになる。
最後の眼科検診で涙の分泌機能が低下していると診断されて、そういえばこのごろは泣かなくなったと思っていたけど、飛行場へ向かう道中も飛行機のなかでも、叔母と叔父と過ごした三日間のことを思うと涙が湧いた。
最後に叔母の家にいったのは20年前のことで、今度行くのは20年後と仮定したら、もう今回が最後なのかもしれない。
そんな可能性を受け止められる年齢になった。
哀しいけれど、一緒に過ごせた時間があまりにも素晴らしかったから、やっぱり生きているといいことがある、と感謝する。
死んだって忘れない。
帰ってきた翌日は、叔母たちの優しさが消化しきれなくて息苦しいほどだったけれど、いまは、これほど心が通じたのだから、頻繁に会えなくても常に互いの魂は近いところにいるのだという安らぎがある。
by ymomen
| 2024-10-27 00:11
| 旅
|
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Comments(8)
momenさん、こんにちは!
旅の疲れ、少しは取れましたか? とても心温まるご家族の時間だったようですね。 momenさんが大事にされているのが感じ取れました。 パウパウもミシガンキウイも味してみたいな~。
その昔、夫が大学に通っていたこともあってUpstate NYの Syracuseという街に住んだことがありました。至る所にリンゴがたわわになっている木があって 今まであまり見たことがなかった景色にうっとりしました。 一年の半分以上雪が降って、塩をまかれた道路で車はすぐに汚くなったりしたけど ある夜、しんしんと降る雪の景色がすごく美しくて感動したのを覚えています。
しばらくはNYの家族が持たせてくれたフルーツを楽しめそうですね。
旅の疲れ、少しは取れましたか? とても心温まるご家族の時間だったようですね。 momenさんが大事にされているのが感じ取れました。 パウパウもミシガンキウイも味してみたいな~。
その昔、夫が大学に通っていたこともあってUpstate NYの Syracuseという街に住んだことがありました。至る所にリンゴがたわわになっている木があって 今まであまり見たことがなかった景色にうっとりしました。 一年の半分以上雪が降って、塩をまかれた道路で車はすぐに汚くなったりしたけど ある夜、しんしんと降る雪の景色がすごく美しくて感動したのを覚えています。
しばらくはNYの家族が持たせてくれたフルーツを楽しめそうですね。
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Saugertiesは、カミさんとひと昔前に訪れました。ニューイングランドの匂いを遺したいい町ですね。週末のなんとかフェアを見たり生演奏を聴いたり、商店街は古き良き時代がそのまま。ハドソン川を行き交うサルベージ船やコンテナ船。
その町にほど近いRVキャンプ場に泊まり、ウッドストックや、なんていう街でしたか、ヒッピーのアートショップが連なる町、とにかく、空気が美味しかったのをおぼえています。
ハドソン河沿いは史跡が多く、この時期はよく巡ったものです。
羨ましいですよ、そういう親戚がいるのは。
その町にほど近いRVキャンプ場に泊まり、ウッドストックや、なんていう街でしたか、ヒッピーのアートショップが連なる町、とにかく、空気が美味しかったのをおぼえています。
ハドソン河沿いは史跡が多く、この時期はよく巡ったものです。
羨ましいですよ、そういう親戚がいるのは。
ziggyさん、
おはようございます。
今回は肉体的な疲れはありませんでした。
感動の連日で、それらがビタミン剤のように潤してくれたようです。
このあたり、きれいですよね。
義父はIBMに勤務中、4-5年ごとに引っ越していて、マンハッタンに勤務していたころは、ニュージャージーのパターソンという街に住んでいたそうです。
キウイは食べてしまったけれど、持ち帰った林檎を食べてしまうのが惜しくて、すでにあるのを食べています。
栗ももったいなくて。。。
でももちろん食べます 笑。
おはようございます。
今回は肉体的な疲れはありませんでした。
感動の連日で、それらがビタミン剤のように潤してくれたようです。
このあたり、きれいですよね。
義父はIBMに勤務中、4-5年ごとに引っ越していて、マンハッタンに勤務していたころは、ニュージャージーのパターソンという街に住んでいたそうです。
キウイは食べてしまったけれど、持ち帰った林檎を食べてしまうのが惜しくて、すでにあるのを食べています。
栗ももったいなくて。。。
でももちろん食べます 笑。
オイカワさん
あちらにはお詳しいのですよね。
とても美しいところでした。
もっとゆっくり散策したかってけれど。
住んでみたいとも思いました。
ここは空が大きいけれど、背の高い樹々には乏しいので、うっそうと茂った樹々に囲まれた空気はまた違いました。
標高と愛犬のせいもあるでしょうが、あちらにいる間は、全く喘息も出ませんでした。
東海岸には特別の憧れがあります。
あちらにはお詳しいのですよね。
とても美しいところでした。
もっとゆっくり散策したかってけれど。
住んでみたいとも思いました。
ここは空が大きいけれど、背の高い樹々には乏しいので、うっそうと茂った樹々に囲まれた空気はまた違いました。
標高と愛犬のせいもあるでしょうが、あちらにいる間は、全く喘息も出ませんでした。
東海岸には特別の憧れがあります。
りかさんも同じ時期にニューヨークにおいでだったのですよね。
わたしはマンハッタンにはたった一日いただけです。
お住まいになっていたからよくご存知で、そういうニューヨークも観たかったけれど、残念ながら時間がありませんでした。
りかさんも良い滞在をなさいましたね。
わたしはマンハッタンにはたった一日いただけです。
お住まいになっていたからよくご存知で、そういうニューヨークも観たかったけれど、残念ながら時間がありませんでした。
りかさんも良い滞在をなさいましたね。













