2024年 10月 11日
グリルドチーズサンドウイッチ |
ハムを買うと食べそびれる。
ハムとチーズのサンドウイッチをたっぷりのバターで押さえながらよく焼くのをときどき食べたくなるから、ハムを買っては、ほかに食べるものに気をとられて無駄にしてしまうことがある。
今回は買うなり、小分けにして冷凍しておいた。
久しぶりにそんなサンドウイッチを焼いたら、夫が気に入って、翌朝も所望した。
フライパンに置いたサンドウイッチをヘラで圧しつけながら焼いていたけど、パニーニを焼くの器械も電気式バウルーもあるのだ。
しばらく使わなかったから忘れていた。
ひっくり返さなくて焼けるのがいい。
圧力がヘラで押さえるよりもかかるから、火の通りが早い。
パンが圧縮されてコンパクトになって食べやすい。
チーズがとろけて熱々がおいしくて、ピッツァを食べたいときに、これがあったらとりあえず満足する。
今回はパン2枚の間にハム4枚、チーズ3枚を挟んで焼いたから、半分でわたしにはじゅうぶん。
一度にふたつ焼けるからひとつは夫に。
残った半分はホイルに包んで夫がスナックにとも持って出た。
キャベツの千切りなどをたっぷり挟んで焼けば、あまり胃にもたれないサンドウイッチになるだろう。
電気式バウルーをこの国で初めて見たのは、渡米間もなくいた、グランド・ジャンクションのメサ大学の寮にいたときのことだった。
ルームメイトのクリスや隣室のテリッサに誘われるままにつるんでいた。
彼女らのともだちの男の子の部屋に行ったとき、小さな冷蔵庫からチーズとバターを取り出してわたしにグリルドチーズサンドイッチを振舞うと言い出した。
狭い寮の部屋のベッドの脇で、ワンダーブレッド2枚にバターを塗って、アメリカンチーズを挟んで、電気製バウルーを温めたのに挟んで焼いてくれた。
わたしはそのときすでにいくつも彼らよりも年上だったからか、バウルーが薄汚れているのも、彼の衛生度にも躊躇した。
でも辞退できる雰囲気じゃなかった。
しっかり焼いたものだから多少のバイキンは熱で死ぬだろう、ここで食べないと言えば角がたつ、と食べたら、おいしかった。
そんなわたしを見て、みんながうれしそうだった。
”兼高薫の世界の旅”で、ジャングルの奥地に住む原住民が醸造した酒を木の椀でまわし呑むような場面を観るたびに、旅をするとはこういうことである、と思うわたしがいた、というのは大げさだが、そのときのわたしはそういう感覚があった。
それから彼はなんどもわたしに振舞ってくれて困った。
父がわたしを訪ねると数か月、ここで暮らすように滞在したことがあった。
相撲中継を並んで観ながら、夫は父に、”オトウサン”と、キャンディを勧めた。
夫が好物のリコリスキャンディを食べるとき、父に味見させたら喜んだものだから、夫はそれから自分が食べるときには必ず父にも勧めた。
リコリスは漢方でも使われる甘草で、独特の苦みがあり、万人には好まれない。
ロープ状のねっちりしたキャンディで、わたしも食べないが、近年になって、リコリスが主成分のほとんど砂糖を含まないミンツのように加工されているものを好むようになった。
父の部屋にそのキャンディが手つかずにあったのは、ほんとうは彼の嗜好にあわなかったのだった。
そのあとに夫が父に勧めたとき、わたしがそれを止めようとするのを父が目くばせして、黙っていてくれ、と合図した。
夫の好意を傷つけたくなかったのだ。
互いの言葉を喋れなかったから、そんなこどもじみたやりとりが父にはうれしかったのだと思う。
そのことをついに夫に話していないことに、いま気がついた。
父のリコリスキャンディもわたしのグリルドチーズサンドウイッチも同類だ。
グリルドチーズサンドウイッチの”洗礼”やどこのアメリカの大学寮にでもある日常を齧りながら、おもしろがっていたあのころ。
ここに棲みつくとは思いもよらなかった。
夫とうまくいかなかったときも、別れ話になったときも、父も母も、夫をなじることはようなことは一切言わなかった。
数か月に渡る滞在中には夫と諍いすることもあったが、そういうときは父は、夫婦喧嘩は犬も喰わない、夫婦のことは夫婦しかわからないものだから、と自室に退散してしまったものだ。
by ymomen
| 2024-10-11 00:59
| 食
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