2024年 07月 27日
ドレスの夏 |
この夏こそはスカートやドレスを着ると決めた。
毎日そういう姿でいる。
体のどこもが圧迫されていなくて快適で涼しい。
南国に住むひとは1年じゅうこんな格好でいられるのか、いいなあ。
日本の夏に、日本の風景のなかでの日本女性のスカート姿の美しさが花のようだと視覚的にすてきだと思ったけれど、湿度の高い日本の夏にこそ、女性がスカートを着る肉体的快適さが納得できる。
亜熱帯気候では、こういう装いが適しているのだ。
ところによっては男性さえも、ラップスカートのような姿でいるのも納得する。
そういえば、ドレスばかりを着ていたころは、夏にジーンズを着るなんて耐えられないと思っていた。
ふわふわ、ゆらゆら。
ジーンズなんてしばらく履いていなくて、いずれは、あれ、きつい、ということになっていたりして。
ある程度体にフィットしている洋服に慣れていると、その着心地でちょっと痩せたとか浮腫んだ、とかわかるけれど、ゆるゆるのドレスだとわからない。
ジムに行くときには、レギングもトップも以前と変わらないから、それが目安になる。
何年もこういうものを着ていなくて、残念なことをした。
スカートの日常に慣れると、ぴっちりしたパンツ姿のひとの後姿が異様に見えるようになってきた。
衣服の存在などほんのかりそめで、薄いタイツが肉体に張り付いているだけに過ぎないような姿はどうもはしたないようである。
スカートもいいが、一枚でストンと着られるドレスは、腰で支える部分もなくて、一層解放感があって、こどものころの夏休みのようだ。
夏の朝、起きるなり薄いブロンドの少女は袖なし膝丈のごくごく簡素なワンピースにするりと着替えるなり、森へ走っていく、という西洋の短編映画をはるか昔に観たが、妖精のようであった。
夏のドレスというと、その少女を想う。
上の写真は、かつてのカルヴァン・クラインの広告だが、この雰囲気が先に書いた映画の少女を思わせる。
幼いけれど、硬い果実のように筋肉質で、まだ無駄なものを身につけていないちいさなからだは、妖精ほどに儚くもない。
こんな年齢のこどもにしか授からない、ほどんど人間離れした独特の美しさが眩しい。
はるか昔に、わたしたちもここにいた。
ドレスを着ているときには、そんなころの記憶がよみがえる。
家着と、外出着は別。
家では膝丈だが、外出時には脹脛が隠れるほどの長さを着る。
素材はどちらの場合も、木綿、麻、絹に限る。
舞台衣装のようなチュール素材のスカートが昨年の帰国時に目についた。
ひとの装いにお節介だが、蚊帳みたいで、暑苦しそうで、いかにも化繊で、不愉快であった。
by ymomen
| 2024-07-27 01:02
| 装い
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Comments(2)
夏は締め付けのないワンピースが一番です。
スカートは女性の美しさ、優しさを感じさせてくれる
ところがまた良い。
スカートは女性の美しさ、優しさを感じさせてくれる
ところがまた良い。
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