2024年 06月 11日
暴風雨注意報 |
二日前の夜、テレビで暴風雨注意報が流れたけれど、間違いみたいにまったくそんな気配もなかった。
昨夜バスケットボールを観戦していたら、また同じ注意報が画面の下に流れて、遠くの空は墨色になってきたけど、またどうってことないだろうと思っていたら、空一面が光って窓を殴るほどの大雨になった。
毎度のこと、ココは怯えて家のなかを震えながらうろうろし、身の置き所がない。
嵐を怖がっているのに、夫が煙草を吸いにポーチへ出ると自分も大雨の中に走り出そうとするほど動転していた。
いつか独立記念日の数日前に上がった花火を怖がって、同じように家を飛び出してゴルフコースを超えた向こう側の宅地で保護されたことがあった。
暴風雨のせいで、ここのところ夜になるとポーチの天井に群れで張りつく蛾もいなかった。
一夜明けると、葉や枝などが叩き落されている。
さくらんぼの実も。
蛙の姿がどこにも見えない。
戻ってくるかしら。
いつもと違って今朝の外気はひんやりとしている。
昨年の帰国時の日本の朝みたいだ。
なにもかもが雨に濡れていて、色濃くて、紫陽花が咲いていた。
コンクリートも、ひとも、樹も、電車も、橋の下の川も、濡れていた。
ポテトチップスも煎餅も湿気らないし、洗濯物を家の中に干しても数時間で乾いてしまうほど乾燥しているところに住んでいるから、毎回帰国すると体に違和感がある。
日本に着くなり、じわじわと体が水分を吸って膨張するのがわかるのだ。
空港ビルから一歩踏み出せば、重みのあるほとんど霧のような水の飛沫を含んだ空気のなかに侵入し、そこには独特の日本の匂いがある。
滞在するうちに、美味しい食事と湿度で数キロの体重が増えている感じだ。
帰宅すれば、数日でもとの体に戻る。
帰国時も、その直後も多くの感情に満ちていたけれど、1年経って思い返すと、しんみりした慕情がある。
両親ともに他界して、縁という綱が細くなったような寂寥感がある。
いよいよ日本を出国するとき、搭乗ゲートはウイングの端っこで、土産物やデューティーフリーのブティックも途絶えたところで、並べられた椅子と搭乗カウンターくらいしかなくて、まるで宇宙のどこかに飛ばされるかのような無機質さであった。
ここからほんとうにアメリカの家に帰りつけるのだろうかと不安になるほどであった。
それでも心強くいられたのは、みあが同行したからだった。
出発前から不安の募る旅だった。
雨のあとには蛾が数を増して戻ってくるのが決まりだ。
by ymomen
| 2024-06-11 00:49
| アメリカの季節 夏
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