2024年 04月 17日
"Flags of Our Fathers" "硫黄島からの手紙” 2006 |
この地で観る戦争映画やドキュメンタリーは、当然こちらからの視点で語られる。
戦争は視点が変われば見解も変わる。
公平な観方を定めるのは難しい。
同じ監督が、硫黄島での戦いを、アメリカ、日本のそれぞれの視点で製作した映画である。
”硫黄島からの手紙”をわたしに勧めたのは父であった。
そのときにすぐ観たが、いまほどの理解を伴わなくして観た。
いまより20歳ほども若かったわたしには、戦争についての歴史的興味も知識も乏しかった。
第二次世界大戦についての書物、ドキュメンタリー、映画をむさぼるように読み、観ている。
どちらを贔屓、あるいは非難しているのでもない。
両作品は、2006年の10月、12月に公開されている。
クリント・イーストウッド監督は、” Flags of Our Fathers"をまず製作した。
同じ戦場を双方の視点で二本を製作したのは、愛国心とともに日本への敬意がなくてはできないことだ。
”Flags of Our Fathers”では、摺鉢山の頂上に数人のアメリカ軍人が国旗を立てかけた瞬間の写真が、当時アメリカでどれだけの意味を持っていたのか、それが国民からの軍事基金を乞う重要な道具になったことを軸に、硫黄島で戦った生き残った軍人、戦死した軍人らを描いている。
”硫黄島からの手紙”は、島に軍地を構えた時点で、日本軍はすでに負けることを覚悟しながら僅かな希望を捨てずに日本人である誇りと家族への慈しみを心の支えに戦い抜く姿を浮き彫りにしている。
第二次世界大戦を例に言うなら、こちらで製作されている作品を観ながら、この同じときに日本軍はどういう作戦を練り、日本市民はどういう境遇にいて、何を考えていたのだろうかと常に思う。
アメリカの一般市民が苦境にあったとはいえ、整った家に住み、赤い口紅と仕立ての良い服を装う余裕があったが、一方日本では鍋や窯などまでも戦具製造のために放出し、芋の蔓まで食べるほどの食糧難があった。
双方が互いの敵は、我よりも富に優れていると仮定しながら持久戦を進める。
双方が敵を邪悪なものだと思い込む。
日本軍が情報を聞き出すために救ったアメリカ人捕虜が身に着けていた母からの手紙を読んで、彼の母も自分の母と同じことを書くのだと気がついて、愕然とする。
自分たちは同じ人間なのだと。
by ymomen
| 2024-04-17 00:24
| 映画・テレビ
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