2024年 03月 21日
”さよならも言えないうちに” |
ブラッドと母が年末に逝き、しばらく家族以外の誰とも会うのが疎ましかった。
やっとアリスンに会ったとき、渡された包を開けたら、この本があった。
日本の著書の、英訳である。
"Before We Say Goodbye"
Toshikazu Kawaguchi
読み始めて、いまのわたしにとって、これ以上の慰めがあるだろうかという本だということに、気がついた。
それぞれの章は、亡くなった大切なひとへの思いがくすぶっていて、地上に残された自分をいささかもてあましている、それぞれの者の告白のようなものだ。
一足先に昇天した相手は、妻、愛犬、恋人、父。
ブラッド、両親の臨終にも添えなかった。
愛猫も、わたしたちが留守中、預けていたケンネルで逝った。
息をひきとるそのときに、それぞれわたしが傍にいてやれなかったのが哀れであった。
ここに残るわたしは逝った者を想い続けて供養するが、あちら側にいる者もまた、わたしを見下ろして見守ってくれていると思いたい。
両親とは、互いの情は通じていたと思う。
それでもなにかやりきれないものが残っている。
ブラッドとは、ある時期から疎遠になっていた。
あの時期にいちばん彼は辛かったのではなかったか。
愛猫が死んだことを知ったのは、デンバー空港に到着して荷物を受け取るときだった。
長いフライトのあいだに、愛猫の魂はあのベルベットのような黒光りするのような体から離れた。
それから家に帰りつくまで、おいおい泣き通した。
あんなに泣いたことはなかったと思う。
晩年は毛づくろいもままならぬようになり、粗相をすることも増えていて、もういけないかもしれないと心配で、家族を旅行に出してもわたしは彼と家に残っていたが、いつもわたしが欠けて旅行する家族の不満に負けて、出かけたのだった。
農場で生まれ育ったゲイルは、犬とも猫とも暮らしてきた。
猫は自分の死期がわかると、飼い主から隠れてひとりで死ぬ、と言った。
家の中でだけ買っているのなら別だけど、外に出る自由のある猫はそうだと言う。
飼い主を悲しませたくないから。
わたしが留守中に死にたかったんだよ、と慰められた。
こどもたちが生まれる前からいた猫で、忠実なともだちだった。
原作が日本語なのに、わざわざ英訳で読むのは、遠回りのようでも、アリスンのわたしに対する思いが、この本に付加価値をつけているのだと思うから、このまま読んだ。
アリソンが読んで聞かせてくれているような気がした。
アリスンはこの本を読んでいないのに、わたしを知っているからこそ選んだ本であった。
ゲイルはいま、ご母堂の臨終に添っている。
by ymomen
| 2024-03-21 05:36
| 特別な本
|
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Comments(2)
もめんさんのこの記事を拝見して、しばらく購入を控えていたAmazonで、久しぶりに本を買ってみました。もう手元に届き、早速読んでいます。
もしもこんなお店があるなら、私は誰に会いたいだろう、なんて思いながら。
もしもこんなお店があるなら、私は誰に会いたいだろう、なんて思いながら。
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nanaminさん
なんともうお読みになっていますか。
わたしは、猫、両親、ブラッドに会いたい。
でも、そうなるまえに、できれば、互いが生きている間に大事なひとをより大事にしなきゃ、ってことなんですよね。
東日本震災のあと、逝ったひとと”話ができる”電話ボックスが設置されているという話を聞きました。そうやって亡くなった方も、ご遺族も互いにさぞ心が残ったでしょう。
なんともうお読みになっていますか。
わたしは、猫、両親、ブラッドに会いたい。
でも、そうなるまえに、できれば、互いが生きている間に大事なひとをより大事にしなきゃ、ってことなんですよね。
東日本震災のあと、逝ったひとと”話ができる”電話ボックスが設置されているという話を聞きました。そうやって亡くなった方も、ご遺族も互いにさぞ心が残ったでしょう。


