2024年 01月 29日
"少年H” |
ブラッドとブライアンがいると、単独でもその声は大きくて、ゲームやスポーツ観戦をしていれば、豪快な笑い声も混じり、二人揃えばソファでうたた寝していた義母が飛び上がるほど、もはやうるさいほどに賑やかで、そこに居合わせた者はみなその”愉快”に感染して一緒に涙がでるほど笑い転げるほどであった。
そんなブラッドだったから、テレビで見慣れているコメディアンの私生活の苦悩を知って茫然とするのに似ていた。
ブラッドが精神を患って逝ってしまったのは、ひとつの要因に限らないが、アフガニスタンとイラクに二度に渡って出兵した折に体験したトラウマも無関係ではないらしい。
遺品を整理して、兵役中に受理した多くのメダルが見つかった。
そのなかには、大佐として兵役を引退した義兄が息をのんだほどのものがあり、ブラッドは、それほどの功績をわたしたちの誰にも、双子の弟のブライアンにさえ言わないで逝ってしまった。
兵役中は上層部で機密に関わっていたから具体的なことは話さなかったし、兵役引退後は兵役中の話に触れそうになると、いまはまだ話せないと口を濁していたから、時が経てば話してくれるだろうと思っていた。
”Medal of Honor”は、アメリカの軍隊において最高位の勲章であり、Netflixでは同名のタイトルの番組で、それを譲与された数名のドキュメンタリーを紹介している。
それぞれが想像を絶する勇敢な戦いを認められるが、誰も晴れ晴れとその勲章を自慢しない。
勲章の陰には、犠牲になった兵士やその遺族があり、共に戦った兵士がいたからこその行いであるからだろうか。
少年期をともに暮らしたのに、成人してからのブラッドのことを知らなかったようである。
軍人としてのブラッドについて、もっと知りたかった。
どんな苦しい体験をしたのか、話して苦しみが和らぐようなら、分かち合いたかった。
帰還して戦地で起こったことを、ここで暮らす親族にどう話せるか。
そんな思いを抱えて、時を、国を超えて、戦争とはどんなことなのかを知りたくて、映画やドキュメンタリーなどを観ている。
生前の父が戦争映画を観ていたのは、そういうことだったのかもしれない。
”少年H”
妹尾河童氏が少年期に体験した日本。
太平洋戦争の始まった1941年から、第二次世界大戦の終結した1945年を、神戸に住む少年の目で語っている。
当時の一般市民が、戦争をどのように知らされ、その過程の生活の変動、戦火を潜り抜けたかを細かに記録している。
二巻からなるこのハードカヴァーは、かつて父母が送ってくれた荷物のなかにあった。
滅多に新刊を買わない父が感銘し、母にも読ませてから、わたしのもとにやって来た。
久しぶりに読んだ上巻に挟んであった紙片には、母がこの本を読みながらの覚書きがあった。
妹尾氏は1930年生まれ、父と母はそれをぞれ1927年、1932年に生まれているから、住んだ土地は違っていても、過ごした時はほぼ同じである。
わたしは1964年に生まれ、父母が戦時中は、という話をすれば、そんな大昔のことを、と思ったが、今になればわたしの生まれた年から数えてたった20年前に終戦したのであった。
いまのわたしにとって20年前はそう昔のことではない。
父親や兄弟たちが戦地に赴き、こどもらを疎開させ、空襲に家を焼かれ、空襲から母と逃げながら、前に走るひとが爆撃に遭って血まみれになるのを見て、明日にはもう生きていないかもしれないという月日。
そんな時勢にも妹尾少年は、泣きながら、怒りながら、笑いながら、横暴極まる教師への反抗を殴られながらもやめないで、好きな絵を描き続ける。
身近なひとたちが戦地に赴かずとも、様々なかたちで傷ついていくのを感じながら、著者自身も狂気を覚えるようになる。
妹尾氏は、父母の世代がわたしたちに伝えたかったことを代弁している。
こんな時代があった。
お前たちには同じ苦しみをさせたくない。
妹尾氏がこれを出版したのは、60代半ばのことで、今年60歳になるわたしにとっては切羽詰まる思いもある。
父母もそんな年齢で、いまのわたしより若干上にすぎなかった。
父母はどんな思いで、この書を読んだのか。
戦争はそう昔のことではない。
初版が1997年で、わたしが初めて読んだのは30代初めのことで、なにもわかっていなかった。
今再読して、その重みに戸惑う。
いのちの重さか。
わたしがここで子育ての慌ただしさに紛れていたころ、戦火も見えず、爆音も聞こえず、ただニュースを見ながらも他人事のように感じていたのではなかったか。
ブラッドは、そこにいたのに。
友人が地雷を踏んで命を落としたことのほかに、どんな惨い光景にいたのだろうか。
日本で戦争は終わっていても、地球上で戦争は終わっていない。
きょう生きていても、明日にはそうではない命がある。
昨夏、あきらはヨーロッパを旅する幸運に恵まれたが、そこからほど近いところでも戦争はあり、いまだ続いていることを彼は意識していただろうか。
by ymomen
| 2024-01-29 04:04
| アメリカの季節
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Comments(4)
私も昔、この本を読んで打撃を受けました。母や祖父母から聞いていた大空襲の体験よりも強烈だったのが不思議です。
今、すぐ近くで同じようなことが起こっているのに、こうして普通に生活していることが不気味です。
今、すぐ近くで同じようなことが起こっているのに、こうして普通に生活していることが不気味です。
2
> Solar18さん
情報も書物も、それに触れる時代背景や我々の年齢により、インパクトも意味合いも変わるということはあるでしょう。
惨事はいつも地球上のどこかで続いている。
日常が妨げられないその不気味さに気がついていても、気がつかないふりをしているひとは多いのでしょうね。
情報も書物も、それに触れる時代背景や我々の年齢により、インパクトも意味合いも変わるということはあるでしょう。
惨事はいつも地球上のどこかで続いている。
日常が妨げられないその不気味さに気がついていても、気がつかないふりをしているひとは多いのでしょうね。
”Medal of Honor”の話は、ワタシの知人もそうでした。戦争映画は観ないとさえ言って、胸につまされます。
オイカワさん
”Band of Brothers”を昨夜観終えました。
無残な場面も多く、居心地の悪い思いを抱えて観ましたが、どこの国の兵士という境を超えて、これらの若い命らが犠牲に、あるいはくぐってきたことを、わたしたちは知らなくてはいけない。
自分のこどもたちにもいつか観てほしいです。
自ら戦地におられた方にとっては、こういう作品を観るのは確かに酷でしょう。生還なさっても、地獄を見てどうしてふつうに生活できるでしょうか。ともに戦った仲間だけにしかわからない苦しみや悲しみのうえにある絆というのは重いのでしょう。
”Band of Brothers”を昨夜観終えました。
無残な場面も多く、居心地の悪い思いを抱えて観ましたが、どこの国の兵士という境を超えて、これらの若い命らが犠牲に、あるいはくぐってきたことを、わたしたちは知らなくてはいけない。
自分のこどもたちにもいつか観てほしいです。
自ら戦地におられた方にとっては、こういう作品を観るのは確かに酷でしょう。生還なさっても、地獄を見てどうしてふつうに生活できるでしょうか。ともに戦った仲間だけにしかわからない苦しみや悲しみのうえにある絆というのは重いのでしょう。


