2023年 09月 23日
夜伽 |
祖父母のいる家で育った。
祖父が先に、そして祖母は、わたしが中学生の間に他界した。
祖母の亡くなった年がうろ覚えだが、危篤と聞いて、気が転倒して学生服を着たまま炬燵にもぐって居眠りし、制服のスカートの襞が乱れて情けなかったのを覚えている。
冬のウールの重たいセーラー服だった。
両親ともに祖母についていて、暗い家にはわたしひとりだったのではなかったか。
兄もいたはずだが、思い出せない。
家が暗かったはずもないが、記憶のなかでは暗かったということになっている。
祖父母ともに優しく、祖母には特にかわいがられた。
表が書籍店で、その奥と二階がわたしの家族の住まい、さらに奥まったところに祖父母の部屋のある棟があり、廊下で繋がっていた。
祖父母の住まうところを、”おく”と呼んでいた。
”おく”に行っては、祖父が早い晩酌をしながら相撲中継を観るとなりで、掘りごたつに座って祖母と花札やお手玉で遊んだ。
いつ訪ねても、決して五月蝿がられることがなかった。
祖母は、知人の通夜に出かけることを、”夜伽に行く”と言っていた。
ほぼ50年前のわたしにでさえ、夜伽という言葉は古めかしくて、化石じみた響きがあった
わたしが知っている祖母は彼女の晩年にあたるから、つきあうひとの訃報が頻繁だった。
ずっと、夜伽とは通夜のことだと思い込んでいたが、近年になって、その言葉は男女が夜をともにするというなまめかしい意味でもあるということを知った。
日本の宮廷物語のなかにそういう場面があり、わたしが思っていた夜伽という意味は間違っていたのだろうかと調べたら、どちらの場合にも用いるとわかった。
通夜と男女の添い寝とは、ずいぶん違うことなのに、同じ言葉が使われるのは奇妙だと思っていた。
こちらでは、通夜のことをWake、”ウエイク”と呼ぶ。
起きる、起床、が直訳だ。
日本での通夜と同じく、息を引き取ったひととの最後の別れを惜しんで翌日の葬儀にそなえるという意味があるが、医療が発達していなかった時代には、死亡確認がおろそかだったのか、亡くなったと思っていた人が覚醒したり、ということもあったから、そういう”奇跡”にそなえて、ということもあったと聞く。
あきらが幼少のころ、寝かしつけるのに添い寝をしていた。
お喋りのあきらは、わたしの隣でえんえんと喋り続けて、ついにそれが中断されたときには眠っているということがあった。
ある夜、”ママが死んだら、冷たい土のなかで一人で寝るのはかわいそうだから、ぼくが一緒に寝てあげる”というようなことを話し出したから、どうしてそんなことを思いついたのか、いまからわたしが死ぬときを考えているのかと不気味で、となりのあきらの顔を見なおしたものだった。
小さい頭で、ひとが死ぬということを考えている、わたしがいずれ一人きりで土に帰ることを知っている、それが哀れだと同情している。
通夜とはそういうことではないか。
この世を旅立つひとと、もう一度情を交わしあう、ということではないか。
こどものわたしには、そんなことはわからなかった。
祖母の葬儀が済んでも、親戚が帰っていっても、ぼんやりしていたが、数カ月経って、もう祖母は”おく”にはいない、”しんせい”を買ってきておくれ、と頼まれることもない、とやっと気がついて、涙が止まらなかった。
by ymomen
| 2023-09-23 01:27
| 暮らし
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Comments(4)
こんにちは。そういう言葉の存在も知りませんでした。二つの意味、その奥にある共通点が興味深いです。
1
solarさん
こんにちは。
貴ブログを興味深く拝読しています。
この言葉のふたつの意味の共通点は、私見で繋いでいるだけかもしれません。
こどもだった自分が祖母から聴いたそのことばに、どういう漢字が充てられているのかも当然知らなかったし、むしろ、”夜を研ぐ”というようなイメージがありました。
あとでどう漢字で書くかとわかってからは、男女が枕を共にする、というよりは、母がこどもにお伽噺をしてやりながら添い寝しているという図が相応しいようでもありました。
こんにちは。
貴ブログを興味深く拝読しています。
この言葉のふたつの意味の共通点は、私見で繋いでいるだけかもしれません。
こどもだった自分が祖母から聴いたそのことばに、どういう漢字が充てられているのかも当然知らなかったし、むしろ、”夜を研ぐ”というようなイメージがありました。
あとでどう漢字で書くかとわかってからは、男女が枕を共にする、というよりは、母がこどもにお伽噺をしてやりながら添い寝しているという図が相応しいようでもありました。
タイトル夜伽にビックリしました。
亡くなった人の葬儀まで見守る、または病人を夜通しで看病すること。
でも、一般的には男女の関係で・・・だと思います。
中国・トルコ歴史ドラマでよく使われています。
母方の祖父は私が幼稚園の頃に事故で亡くなり、
祖母は101歳で亡くなりました。
100歳を迎えた老人の日に日本政府から銀盃が贈られjましたが、
国民から無駄遣いの声がたくさん上がり、銀メッキに
なったのご存知でしたか?
亡くなった人の葬儀まで見守る、または病人を夜通しで看病すること。
でも、一般的には男女の関係で・・・だと思います。
中国・トルコ歴史ドラマでよく使われています。
母方の祖父は私が幼稚園の頃に事故で亡くなり、
祖母は101歳で亡くなりました。
100歳を迎えた老人の日に日本政府から銀盃が贈られjましたが、
国民から無駄遣いの声がたくさん上がり、銀メッキに
なったのご存知でしたか?
ソーニアさん
中国、トルコの歴史ドラマで、ということは吹き替えや字幕を製作する時点で言葉の選択が行われるということですね。
情緒のあることばではありますか。
年齢のせいか、そういう面での煩悩への見方が変わってきていています。
お祖母様、大往生なさいましたね。
日本がいまに至るまでの戦時を生き抜いてこられた方々には、銀の盃は相当なようにも思えますが、長寿人口が増えたのと、存命している日本人口への待遇のほうが優先、という気風もあるのではないかと思います。
お祖父さまが事故で亡くなったのは、ご遺族には無念だったことでしょう。
中国、トルコの歴史ドラマで、ということは吹き替えや字幕を製作する時点で言葉の選択が行われるということですね。
情緒のあることばではありますか。
年齢のせいか、そういう面での煩悩への見方が変わってきていています。
お祖母様、大往生なさいましたね。
日本がいまに至るまでの戦時を生き抜いてこられた方々には、銀の盃は相当なようにも思えますが、長寿人口が増えたのと、存命している日本人口への待遇のほうが優先、という気風もあるのではないかと思います。
お祖父さまが事故で亡くなったのは、ご遺族には無念だったことでしょう。




