2023年 09月 13日
濃霧 |
朝6時半に犬を外に出してやったとき、いつもよりもほの暗い。
外は濃い霧。
ちょっと先は見えない。
乾燥しているこの土地で、霧が出る日は珍しい。
幻想的で美しい。
雲が降りてきたみたいだ。
気温も下がり、8時半になって犬の散歩へ出かけた。
霧のなかを歩くと、細かい水は気中にとどまっていて、落下も昇降もしない。
皮膚が飛沫を感じる。
それらがココとミルキーの毛皮に捕まって、しっとりとしている。
雲のなかを歩くと、こうなのだろうか。
陽が高くなるにつれ、霧が晴れていくのが惜しい。
ここ数日、急に涼しくなり、あんなに猛暑を恨んでいたのに、拍子抜けしている。
恋人が心変わりしたみたいだ。
前触れなしに、掌を返すように、言い訳もしないで、豹変する。
去られたほうは、なにがいけなかったのか、どうしてあのひとは急に冷たくなったのだろうか、といくら考えてもわからない。
心変わりしたほうは、気持ちが冷めたんだからどうしようもない、と本人さえ戸惑っている。
無責任なようでも、そういうこともある。
ある幼馴染が中学、高校と想い続けていたひとつ年上のひとと、上京してから交際を始めた。
ほどなくして心変わりしたのは彼女のほうで、待ち合わせしていて、その日、向こうから歩いてくる彼の姿を見て急に気持ちが冷めたんだそうだ。
心変わりしたのは本人なのに、悩んだらしい。
後年、彼女に数回に渡ってなじられた。
あのとき、わたしに相談したのに、笑って相手にしなかったと言うのだ。
自分は深刻に悩んでいるのに、わたしの対応があまりにも薄情だから、別れというものはそんな軽いことなのか、自分の悩みはそんなにつまらないものなのかと、ますます困惑したそうだ。
そんな別れ話こそ覚えているけど、わたしがそんなふうだったとは全く記憶にない。
そうだったとしたら、当時のわたしには恋愛経験など皆無だったから、何と言えばわからなかっただけだと思う。
by ymomen
| 2023-09-13 02:08
| アメリカの季節 夏
|
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Comments(2)
こういう例えが適切かどうかわかりませんが、オランダのアニメーターの描いた「レッドタートルある島の物語」を観終えて、心が持って行かれる気分になったことがあります。船が難破し一人孤島で生きる物語ですが、その気持ちを義理の母に話したら、「そういうときは離れたほうがいいわよ」と言われ、ハッと気が付いたのです。 人はその時々、躁や鬱の状態になりますがが、特に高齢になると知り合いが少なくなり、寂しさが募るのだといいます。まぁ老人の知恵なのでしょう。寄り添う気持ちは大切ですが、気持ち迄持って行かれないように、時々気分転換が必要だなとおもったりします。 相手の気持ちに寄り添うということは難しいですね。
1
オイカワさん
その作品、気になっていたんですが、まだ観ていません。
観てみたいです。
近所に住むともだちグループがあり、みなこどもが大学に進み、いまこそ互いが必要なのだと集う機会が多いです。
そういう仲間がいるのはありがたいと同時に、”慰めあっている”という意識がうっとうしくもあり、どうも居心地が悪いのです。みんな寂しいのかもしれないけど、寂しさを紛らわすだけではずっと寂しいままでいそうではありませんか。
義父が認知症になりながら、友人に会わせてあげたくても、まったくそういうひとが見つからなかったのは哀れでした。
オイカワさんには旧友がおられますね。
そういう方々の存在は貴重ですね。
その作品、気になっていたんですが、まだ観ていません。
観てみたいです。
近所に住むともだちグループがあり、みなこどもが大学に進み、いまこそ互いが必要なのだと集う機会が多いです。
そういう仲間がいるのはありがたいと同時に、”慰めあっている”という意識がうっとうしくもあり、どうも居心地が悪いのです。みんな寂しいのかもしれないけど、寂しさを紛らわすだけではずっと寂しいままでいそうではありませんか。
義父が認知症になりながら、友人に会わせてあげたくても、まったくそういうひとが見つからなかったのは哀れでした。
オイカワさんには旧友がおられますね。
そういう方々の存在は貴重ですね。



