2023年 08月 31日
晩夏 |
この数日、朝は涼しい。
起床、身支度、夫を見送って、暑くならないうちに犬の散歩と慌てなくてもよくなったくらい、過ごしやすくなった。
猛暑中は、窓を開けると熱気が侵入するから閉め切っていたが、しばし全開にして風通しをする。
州の祭りは、州都ではないこの町で行われるのが慣わしだ。
8月の終わりから、9月初めにかけて2週間。
その祭りの会場には、広い敷地、家畜用の建物、展示用の建物、コンサート用の建物、ロデオ用のフィールドなどが完備されている。
幼いこどもたちは親に連れられて来るが、ちょっと自由が許される年齢になると、友だちとつるんでやってくる。
十代になったこどもたちの楽しみだ。
祭りが始まってすぐ、地元のこどもたちが優待される割引入場券が学校で渡される。
市民への優待券もある。
たった2週間の祭りでも、大掛かりな遊園地が数日のうちに設置される。
こどもの喜ぶ回転木馬や観覧車、大きなこどもやおとなのためのジェットコースターやお化け屋敷、長いチェーンでするされた椅子がぐるぐる回るものなど。
昔ながらにカウンターにこしらえた木桶にボールを投げ入れてぬいぐるみの懸賞を勝ち取るものやら、さまざまな遊戯屋が立ち並ぶ。
州から州へ、祭りから祭りへと、旅をしながらこういうにわか商いをするひとたちがいる。
いつ定住地へ帰るのか。
定住するところがあるのだろうか。
祭りのない冬の間はどうしているのだろう。
そういうひとたちに、どんな暮らしをしているのか話を聞いてみたい。
綿飴、
円盤状に揚げたパンはインディアンフライドブレッド、
ちりちりと緩い生地を揚げたドーナッツに粉糖を振ったのはファンネルケーキ、
香ばしく焼いた巨大な七面鳥の足、
かき氷、
アイスクリーム、
炎天下の昼間、大きなカップに注いだソーダやビールが飛ぶように売れる。
安物のサングラス、敷物、Tシャツ、アクセサリー、玩具、さまざまなものを売るテントも無数に並んでいる。
大事に育てた見事な家畜や、農作物、自慢のキルト、写真、絵画、ケーキ、クッキー、ジャム、パンなどのコンテストもあり、閉会までその結果を展示している。
地方新聞の死亡記事で、家族が記した故人を偲ぶ小さな知らせに、どの年にステイトフェアで彼女のクッキーがブルーリボンを受賞したと誇らしく語られていたのを読んだこともある。
みあとあきらが幼いころには、毎年行った。
暑いなか、乗り物を待つ列に並んだものだった。
ふだんのんびりしたところに暮らしているから、人混みがめずらしい。
迷子にならないように、ちょっと緊張してしっかり手をつないでいた。
おとな用の乗り物に十代になったこどもが乗るときは、一定の身長を超えていないと乗れなくて、小さかったあきらはなかなかその身長まで伸びないものだから歯がゆがっていたものだ。
わたしたちは、もう行かなくなった。
それでも、夫と復縁しようと決めた年、夕暮れ時にふたりで行った。
乗り物に乗りたいわけでも、観たい催しもなかった。
人混みのなかを歩いて、空いたベンチを見つけてふたりで腰かけて、特に話すこともなかったけれど、安らかな気持ちでいられた。
ファンネルケーキを好きなわたしに夫が買ってくれて、そこらじゅうを粉糖だらけになるのに困りながらふたりで食べた。
油のシミと粉砂糖、食べきれなったケーキのかけらが薄い紙皿に残っていた。
こういうところにひとりでやってきたら、さぞ孤独な思いがしそうだ。
祭りは賑やかなものだが、怪しく秘密めいていて、ちょっと怖いものでもある。
どこかに下世話で卑猥なものが潜んでいる。
街の向こう側で開催されている賑わいはこちら側には聞こえない。
観光客に乏しいこの町は、州の祭りの間だけは賑わうから、外出するとそんな感じだけはなんとなくわかる。
目的地を目指してこの町を通りすぎるのに、休憩のお昼ごはんに立ち寄るくらいで、一晩ゆっくり過ごそうというひとはほとんどいない。
夏に読み返す本に、レイ・ブラッドベリ―の”たんぽぽのお酒”がある。
1928年の12歳だったダグラス・スポルディングの夏。
95年も昔の夏。
おとなになるダグラスには二度とやってこない、まぶしく、苦く、甘く、怖く、美しく、なにもかもが詰まった夏。
その夏が終わってみれば、他人事のようでもあり、その数カ月をどんなにとりもどしたいと願っても叶わない。
祭りの一角にいそうな、いかがわしい占い師に見せられた幻であったかのように。
祭りが終わって、観覧車や遊戯物が片付けられて、グラウンドはまた空っぽになっても、9月いっぱいはまだ暑い。
涼しい日があっても、暑い日もじゅうぶんある。
でも確実に秋が近づいている。
by ymomen
| 2023-08-31 02:14
| アメリカの季節 夏
|
Trackback
|
Comments(4)
映画「ビッグ」1988年も同様の内容でした。冒頭舞台となる遊園地がニュヨーク郊外にあり、何回か出かけたことがありました。時期を同じくFAOシュワルツ(世界一大きなおもちゃ屋さん)のオーナーが時の人となり、よく来店されたことを思い出します。サンリオの社長も同じタイプ。子供から大人へ、その垣根を超えた瞬間、純な子供に戻れないって、ちょっぴり切なく寂しい感じですが、案外気持ちの持ち様かも。
2
オイカワさん
トム・ハンクスが大きな鍵盤を踊るように踏んでいた場面がありましたね。
そのおもちゃ屋さんは、Home Aloneでケヴンがつがいの鳩のオーナメントを買ったお店でしょうか。
誰もがこどもでいた日々があり、誰もが老う。
わたしはこどもを授かる前、こどもが苦手、という時期がありました。帰国の飛行機に乗ると、まず気になるのはあたりにこどもがいるか。自分だってこどもだったのに。
自分にこどもができたら、かわいいもんだ、と思い直しました。
トム・ハンクスが大きな鍵盤を踊るように踏んでいた場面がありましたね。
そのおもちゃ屋さんは、Home Aloneでケヴンがつがいの鳩のオーナメントを買ったお店でしょうか。
誰もがこどもでいた日々があり、誰もが老う。
わたしはこどもを授かる前、こどもが苦手、という時期がありました。帰国の飛行機に乗ると、まず気になるのはあたりにこどもがいるか。自分だってこどもだったのに。
自分にこどもができたら、かわいいもんだ、と思い直しました。
夏のお祭り。読んでいてブラッドベリーの「たんぽぽのお酒」を思い出していたら、やっぱり最後に出てきましたね。
子供の頃、回転木馬は憧れでした。兄弟が多かったからか、両親は回転木馬に乗せてくれませんでした。あの音楽が子供心に少し悲しげに聞こえ、乗ったら最後別の世界に連れていかれそうで、少し怖かったのも確かです。
今では孫が大好きで、先日もライオンに跨った孫の写真が送られてきました。孫は責任がない分、手放しで可愛いです。
子供の頃、回転木馬は憧れでした。兄弟が多かったからか、両親は回転木馬に乗せてくれませんでした。あの音楽が子供心に少し悲しげに聞こえ、乗ったら最後別の世界に連れていかれそうで、少し怖かったのも確かです。
今では孫が大好きで、先日もライオンに跨った孫の写真が送られてきました。孫は責任がない分、手放しで可愛いです。
Mchappyさん
Mchappyさんも”たんぽぽのお酒”を読まれましたか。
うれしいなあ。
回転木馬が回転しているときのあの音楽、楽しいようでちょっともの悲しくよくよく聴いてみればそれが不気味でもあります。
こどもができて一緒に乗ったのが、わたしが回転木馬に乗った”初めて”でした。
お孫さん、かわいいでしょうねえ。
自分のこどもよりもかわいいと聞いたこともあります。
Mchappyさんとの会話をなさった愛らしい記録を、楽しく拝読したのを忘れません。
Mchappyさんも”たんぽぽのお酒”を読まれましたか。
うれしいなあ。
回転木馬が回転しているときのあの音楽、楽しいようでちょっともの悲しくよくよく聴いてみればそれが不気味でもあります。
こどもができて一緒に乗ったのが、わたしが回転木馬に乗った”初めて”でした。
お孫さん、かわいいでしょうねえ。
自分のこどもよりもかわいいと聞いたこともあります。
Mchappyさんとの会話をなさった愛らしい記録を、楽しく拝読したのを忘れません。




