2023年 08月 17日
浄水器 |
Britaの浄水器、何年使っていることか。
蓋がかっちり閉じなくなってから数年。
片手で取っ手を持ち、もう片手で蓋を押さえて注がないと、外れてそのあたりが水浸しになる。
わたし以外の誰かがそれを忘れて粗相をすることがある。
それを嗜めるたびに、新しいの買ったら、と粗相はわたしのせいかのように返されるというのが繰り返されたから、ついに新しいのにかえた。
そうしたら、あきらに、なんだ、ママらしくないじゃない、という反応だった。
壊れたのを不都合なりに使い続けるのが、わたしらしいということらしい。
新しい浄水器に交換して褒められると期待していたのに。
古いので良かったのなら、わたし自身はそれで足りていたんだから新しいのを買わなくてよかったんだ。
引退させるピッチャーも、きれいに洗った。
使えないことはないんだもの。
捨てられない。
あきらにそう指摘されてみれば、そうかもしれない。
編みがほどけかけている籐のバスケットも、タッパーウエアの蓋が欠けているのも、モップの柄が折れたのも、そのままか、あるいはテープで繋いだりして使っている。
夫の膝の破れたジーンズだって、”あて”をつける。
エプロンの紐や、キャンバスのトートバッグの持ち手が擦り切れたら、当て布をかぶせて補強するとか、新しく紐なり持ち手を作るなどしている。
こどもって、見てないようでも、見ているものだ。
by ymomen
| 2023-08-17 02:00
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