2023年 08月 14日
交渉とか、 |
この夏、あきらはアルバイトをしている。
あきらにとっては初めてのアルバイト。
レストランのウエイターを希望していたが、伝手の紹介で、テレマーケティング。
顧客となりえる業者に、最良の価格と手段の運送手配を斡旋するというもの。
テレマーケティングというだけで、まず95%の場合話を聞いてもらえないうちに門前払いだ。
わたしだって、セールスの電話にはまず応答さえしない。
わたしも若かったころに、似たことをやってみたが、続かなかった。
売る商品への信頼もなかったからというのもあるだろうが、買い物の勧誘をされるのが苦手だから、自分からひとにものを売りつけるなどとてもできない。
勧誘の相手が個人でなく、業者であり、わたしが知る限りでも確かなサーヴィスを提言しているから、その点ではわたしの過去の経験とは比較にならないのかもしれない。
あきらにそんなセールスもどきができるだろうかと思っていたけれど、黙っていた。
最初の数日は精神的に参って帰宅すると、ぐったりしていた。
むつかしいアルバイトを選んだものだ。
それでも日が経つにつれて、1件、2件と契約をとるようになった。
夫は少年期、祖父のペルシャ絨毯の店を手伝うことから始まり、伯父の中古車販売見習い、バーテンダー、これが仕事、と腰を据えて”勤務”するようになったのは中古車販売をするようになってからだ。
それから中古車販売店、建売住宅の販売店、土地や建物の売買をしてこんにちに至っている。
いつもひととの交渉がつきもので、それは夫のひとなりの一部である。
だから大手チェーンの電化店、薬局、あるいは電力会社など、一般の常識では値段交渉は不可能というところでも、交渉してのける。
わたしから見れば、ときによればそういう場にいたくないという交渉もある。
どんな値段も交渉の余地がある、というのが信条だ。
夫の先祖のアラブの血のせいかもしれない。
店員が気の毒になって、あとでわたしが夫に代って謝ると、案外ケロリとしているから、売るほうも交渉は仕事のうち、とわきまえているのかもしれない。
夫に限らず、義母一族皆に、そういう類の交渉癖が身についている。
義母と夫が昔マチュピチュを訪れて、バスが出発する時刻に義母が戻ってこなくて探したら、安物の土産物屋をひやかしているところで、わずかな額を値切るのに夢中になって時間を忘れていたと、交渉好きの夫までが笑っていた。
あきらはみあほどには何につけても説得力に欠けていると見ていたが、案外この子も弁が立つのかもしれない。
たった19歳のあきらが、年上のひとを相手に商談を取りつけている。
電話のむこうのひとからの拒絶にも、いちいち傷つかないで服についた糸くずを掃うかのようになったようだ。
わたしはというと、こういう類はいけない。
ひとにものを売るということができない。
わたしの”取引”は、ごく小さなものばかりで、もっぱら受け身だ。
ときにあちこちで”おまけ”してもらっている。
先日も店頭で欲しいパンがなくて、奥を覗いたら、袋詰めしているけどラベルが貼られていない。
あれを一袋くださいと所望すると、このパン、好きなの?と訊かれて、夫と息子の気に入りだと応えたら、この袋だけふたつ余計に詰めてあるのよ、とウインクして渡してくれた。
そういう厚意を受けるばかりである。
by ymomen
| 2023-08-14 02:33
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