2023年 06月 27日
告別式 |
ジムのトレーナーの告別式に参列した。
彼を惜しむ人々。
親族、友人、ジムのスタッフにメンバー。
彼が逝って二週間。
ほんとうに彼はいなくなったのだと、黒い棺を見てあきらめがついた。
彼が愛した人々がうちのめされて泣きつかれて、残った涙をこぼしながら弱々しい冗談が言えるようになっていた。
どうして彼がこんな選択をしたのかはわからない。
詮索してもどうにもならない。
わたしがジムに通い始めた理由は、当時閉じこもっていた闇から這い出したかったからだった。
そういうひとはわたしだけではない。
ジムに助けられたひとは多い。
彼はそういうところにいて、多くの人を助けた側にいたのに、自分は助けられなかったのか。
彼に対して、ほとんど”同志”という意識があったから、一緒に歩いていたのに予告なしに棄権されたみたいで情けない思いもある。
喉が渇いていたなら、水が欲しいとか、
もう歩けないなら ちょっと休もうよとか、
怪我をしたなら。肩を貸してくれないか、とか甘えてほしかった。
遺族が痛々しい。
未亡人はまだ若く、遺児は幼い。
暑い一日であった。
告別式が終わって、彼の棺のあとに続くと、外は眩しい晴天。
太陽に炙られながら、顔見知りとしばらく話す。
ふだんごく短い挨拶しかしないひとも、彼を弔うために何か意味のあることを言いたいと言葉を探している。
埋葬地までは行かなかった。
教会でお別れをした。
彼の棺を乗せた車は厳かに誘導され、彼を惜しむひとの車の列が長く続いた。
彼を弔うには、彼がしまった、早まった、と天国で後悔するくらいに、自分の余生を全うしよう。
38歳で逝ってしまった。
by ymomen
| 2023-06-27 09:55
| ともだち
|
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Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
鍵様
本人の苦悩はわたしにはわからないし、わたしもまたその選択を考えたことがあるので、責める資格もありません。
勝手ながら、そういう縁に立つときに、助けを求めてくれていたらと悔やみます。そこまで追い詰められていたら、ひとを避けるばかりになっていたのだろうとも察しますが。
せめて彼らが生きていたことを忘れないでいましょう。
短い命でも輝いていたことを。
本人の苦悩はわたしにはわからないし、わたしもまたその選択を考えたことがあるので、責める資格もありません。
勝手ながら、そういう縁に立つときに、助けを求めてくれていたらと悔やみます。そこまで追い詰められていたら、ひとを避けるばかりになっていたのだろうとも察しますが。
せめて彼らが生きていたことを忘れないでいましょう。
短い命でも輝いていたことを。
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