2023年 06月 21日
記録 |
実家を片付けていて、わたしからのおびただしい量の書簡があった。
こんなに書いたか。
読み返していたのだろうか。
わたしもまた、両親からの手紙は一通残らず保管している。
母の手帳が何冊も出てきた。
走り書きでぎっしり細かく日々が綴られている。
咲いた花
熟す果実
病院での診察予約
社交ダンスに行った日
わたしから電話があった日
わたしから手紙が届いた日
わたしににもつを送ってくれた日とその内容
わたしの帰省の報告があった日
父の手帳もあった。
大きなノートで、父らしく丹精な文字で日々を綴っていた。
ひとは生きている間に、多くを記録する。
手紙、日記。
ただ自分のために記し、ひとに読まれる前提ではないものや、ひとに何かを伝えたいもの。
こんにちではあらゆるオンラインのメディア
例えばフェイスブック、ライン、インスタグラム、、、
いまここにわたしがいる、という足跡をのこす。
友人が亡くなって、彼女のオンラインのアカウントは消去されていない。
本人はもはやこの世にいないのに、アカウントはそこにあって、まだ機能している。
さかのぼれば、彼女が生前に残したメッセージはそのままにあるから、まだ生きていても不思議ではないような気もする。
命日になると、彼女を偲ぶひとが伝言している。
読む人がいない。
いや、読んでいるかもしれない。
ブログもそうだ。
生きている証。
生きている記録。
わたしのこどもたちという存在もまた、記録のひとつの姿であるだろう。
帰省から戻り、ジムには二度しか行かず、きのう行ったらフロントデスクに花が飾っていて、その前にはトレーナーのザックの写真があり、それに添えられた文章を読んで混乱した。
数回読み返す。
何のことを言ってるの、と顔なじみのサンシャインと呼んでいるスタッフに訊いたら、蒼白な顔をして、口ごもっている。
何なの、とさらに問うと、ザックは逝ったんだ、ととうとう応える。
1週間前のこと。
こっちに帰ってきて、まだザックには会ってなかった。
婦人と幼子ふたりを残して。
ザックはいつも明るくて、ひとの2倍働いて、マネージャーではなくてトレーナーだったけど、スタッフのまとめ役であった。わたしを認めると、ジムの反対側にいても、大きく手を振ってわたしに挨拶した。
ジムに入会するトレーニングの初心者を親切に指導して、多くのひとに慕われていた。
わたしはザックをジムでしか知らない。
私生活の苦悩を知らない。
毎月、何かしらイヴェントを企てて、州内にいくつもあるこのジムの顔になってテレビにも出ていた。
夫人は医師になる勉強をするんだと自慢していた。
こんな命の絶ちかたってあるのか。
蠟燭の炎がふつりと消えるように。
まわりの者はただうろたえることしかできない。
ザックの記録は、彼がトレーニングした人々でもあり、遺児でもある。
いつでもきびきびと意思のある独特の歩き方をしていた。
その記憶もまた記録である。
by ymomen
| 2023-06-21 00:24
| 帰省
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Comments(2)
2007年から手帳をとっています。それもミスタードーナッツで
もらったお弁当箱の入った小さなバッグに。
つい先日も若いお嬢さんから美味しいイタリアのレストランは
ないかとLINEが来たので開いて探し出す。こんな問いかけが
たまーにくるので手帳が破棄できません。料理教室で習った
料理名まで書いてあることもあります。
もらったお弁当箱の入った小さなバッグに。
つい先日も若いお嬢さんから美味しいイタリアのレストランは
ないかとLINEが来たので開いて探し出す。こんな問いかけが
たまーにくるので手帳が破棄できません。料理教室で習った
料理名まで書いてあることもあります。
1
> petapeta_adeliaeさん
細やかな記録をなさる方という印象がありました。
すばらしい。
ソーニァさんの手帳を覗いてみたい。
わたしの手帳の目的は、近未来の予定を忘れないというためにあるもので、無味乾燥なのであります。
細やかな記録をなさる方という印象がありました。
すばらしい。
ソーニァさんの手帳を覗いてみたい。
わたしの手帳の目的は、近未来の予定を忘れないというためにあるもので、無味乾燥なのであります。


