2023年 05月 13日
後悔 |
いまのわたしも選択を間違うことは頻繁だが、ある選択を後悔している。
渡米して、ここでの最後の一年を閉めるつもりだった夏、帰国して夏の数カ月を東京の兄宅で世話になった。
短期間のアルバイトの面接を受けたひとつが、ホテル椿山荘だった。
ロビー応接の仕事に応募したら、外国人シェフについて通訳兼アシスタントという、公募の枠になかったポジションを打診され、愚かなことに当時のわたしは、侮辱されたと勘違いして断った。
椿山荘ほどのホテルに務めるシェフの近くで働けるチャンスなど、降ってわいたような幸運ではないか。
なんと光栄で稀な機会を棒に振ってしまったのか。
それに気がついたのは、何年も後になってのことだった。
みあがバレエを習った間、ソロの躍りに恵まれるようになり、ある年末の”くるみ割り人形”では夕宴の場面で披露される機械仕掛けのピエロの役をもらった。
しかし、みあは喜びもしなかったし、公演広告のための撮影中も元気がない。
ピエロみたいに泣きそうな顔をしている。
同期のともだちが美しい人形に選ばれたのに、自分はピエロというのが、屈辱だったのだ。
ピエロこそ、キャラクターの躍りが発揮されるのだから、名誉なことなんだと説得しても、みあにはそう受け取れなかった。
公演まで、ディレクターが個人レッスンしてくれたし、ミシガン州からたまたま遊びに来ていた大叔父がレッスンについて行ってビデオを撮りながら踊りを完成していった。
みあもいまになって、それがどういうことだったのかがわかるようになった。
選択が目の前にあって、ただ感情で決めると後悔することもある。
歳を重ねるごとに、選択しなければいけないことが増えるように感じるのはわたしだけだろうか。
間違ったと思える選択も、廻り道も、いまのわたしを形成するものだと受け止めるしかしかたがない。
あのとき、こうしていれば、と思うこともある。
それぞれの選択は、仮に間違っていたとしても、自分の自由があってしたことだ。
生きるということはそういうことだと思う。
その葉書になったのが出てきた。
みあは泣いた目をしている。
by ymomen
| 2023-05-13 00:58
| 思い出
|
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Comments(6)
若い時は、たくさんの選択肢があり、選択により、他の選択肢に後戻りし難いですが、無駄な選択はないと信じたいですね。でも実際、歳と共に自分の選択肢は狭まります。その分、子供の選択肢で悩めるのかもしれません。
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> tanatali3さん
年齢というよりも世の中により多くの選択肢が増えたように思うんですがどうですか。
数種のなかからひとつ選ぶということが苦手です。
決断するということも。
たとえば、くだらないことですが、スターバックスでどういうコーヒーを淹れてもらうかというのさえも、困ってしまう。
年齢というよりも世の中により多くの選択肢が増えたように思うんですがどうですか。
数種のなかからひとつ選ぶということが苦手です。
決断するということも。
たとえば、くだらないことですが、スターバックスでどういうコーヒーを淹れてもらうかというのさえも、困ってしまう。
若いときは、未熟ゆえに俯瞰して見ることができなくて、その時の自分の感情に左右されることはよくありました。
長じて、後悔しないように生きようと決めましたが、それは多分に夫がいつまで生きるのか分からない病気になり、この機を逃したら。。。という気持ちになったからだと思います。
アメリカに来たのは37年前ですが、当時のアメリカは日本よりどんなことでもずっと選択肢が多かったです。例えば、サラダのドレッシングをレストランで聞かれるとき、健康保険の種類等々。
多くの選択肢の中から即座に決定するのはアメリカに来てから訓練されたように思います。
長じて、後悔しないように生きようと決めましたが、それは多分に夫がいつまで生きるのか分からない病気になり、この機を逃したら。。。という気持ちになったからだと思います。
アメリカに来たのは37年前ですが、当時のアメリカは日本よりどんなことでもずっと選択肢が多かったです。例えば、サラダのドレッシングをレストランで聞かれるとき、健康保険の種類等々。
多くの選択肢の中から即座に決定するのはアメリカに来てから訓練されたように思います。
> Mchappykun2さん
わたしもこういう年齢になったらいくらか賢くなっているかと思っても、未熟なままです。
Mchappyさんのようにお辛い時期を経て、切羽詰まったときになって、やっと覚悟がきまるのではないかという情けない思いもあります。
多くの選択をなさってきましたね。
貴ブログを拝読しながら、潔い印象を感じていたのは、そういうことなのかもしれません。
何を訊かれても、選ぶのも、すぱり、と言える、決断できるようになりたいです。
わたしもこういう年齢になったらいくらか賢くなっているかと思っても、未熟なままです。
Mchappyさんのようにお辛い時期を経て、切羽詰まったときになって、やっと覚悟がきまるのではないかという情けない思いもあります。
多くの選択をなさってきましたね。
貴ブログを拝読しながら、潔い印象を感じていたのは、そういうことなのかもしれません。
何を訊かれても、選ぶのも、すぱり、と言える、決断できるようになりたいです。
間違った選択あるある。
私は聞かれるとすぐに返事をしてしまう方です。
就職で、第一希望から返事がなく、仕方ないので第二希望を
承諾したら、その一週間後に第一希望から採用の返事が来たこと。
でも、一度承諾したのだからと第二希望の方に進みました。
私は聞かれるとすぐに返事をしてしまう方です。
就職で、第一希望から返事がなく、仕方ないので第二希望を
承諾したら、その一週間後に第一希望から採用の返事が来たこと。
でも、一度承諾したのだからと第二希望の方に進みました。
ソーニャさん
即答できる方なんですねー。
できるようになりたいです。
就職のこのシナリオだったら、きっとわたしも同じ選択をしています。
そういうことってありますね。
それもまた運命という思いもあります。
即答できる方なんですねー。
できるようになりたいです。
就職のこのシナリオだったら、きっとわたしも同じ選択をしています。
そういうことってありますね。
それもまた運命という思いもあります。





