2023年 04月 17日
アスペンの花散る・Charley horse |
いま庭のあちこちに、ふわふわもさもさ、こういうのが落ちている。
軽いから、風に吹かれてかたまりになっている。
毛虫大量自決みたいだけど、アスペンの花の成れの果て。
こういう色だから、ほんとに毛虫みたい。
これがラヴェンダー色だったりすれば鮮やかなのに。
やっとクラブアップルの花も咲いている。
それなのに、きのうは雪が降った。
コーデュロイのパンツはもう仕舞った。
セーターもかたずけようかと思うけど、仕舞ったとたんにやっぱり必要、と引っ張り出すことも多い。
花冷え、とは格別に美しい言葉だ。
きのうの雪は、なごり雪。
わたしにとっての日本の知識は、言葉も含めて23歳で渡米してから心もとない。
知らない語彙や表現がたくさんあるのだろう。
日本語には、詩的、風流とでもいうような表現が多いのではないか。
英語には愉快な表現が多くあって、ここで暮らす年月は日本のそれよりも長いけれど、いまだに初めて聞くということがあって、そのたびに尋ねている。
春には全く関係がないのだけれど、忘れられないのは、結婚して間もなく義父が泊まりに来たときのこと。
起床して台所に入ってくるなり、
”I had a terrible charley horse last night!"
"昨夜はひどいチャーリーの馬に困ったよ!”
何を言っているのかさっぱりわからなかった。
Charley Horseというのは、こむら返り、ふくらはぎがつる症状だ。
就寝時にその症状に突然おそわれてしばらくどうすることもできない痛みを辛抱することがある。
休んでいるときに限らず、スポーツをしているときや、そのあとにもあるらしい。
ぽかんとしているわたしを、義父も夫も、わたしがわからないのも無理はないと笑っていた。
のちに妊娠していた間には、この症状にたびたび経験したから、そのたびに頭のなかに馬を想像していた。
あきらの高校生時代。
バスケットボールの試合観戦に行くと、あやしげな液体を瓶につめてやってくるのはプレッツエルという愛称で知られていたあきらの友達のママだった。
液体の色といい、くもり具合からいい、ヒトを含む動物から排泄される液体のようにしか見えなかったが、とうとうその正体がわかった。
ピクルスジュース、つまり、ピクルスが漬かっている汁で、charley Horseのときにそれを飲むと治るというので、試合のたびにプレッツエルのまさかのときに持参していたのだった。
ピクルスジュースにそんな効能があるとは知らなかった。
あきらのともだちにプレッツエルという愛称がついた所以もおもしろい。
彼は走るとき、自分の足をもつれさせてしょっちゅう転ぶのがおかしいというので、そう呼ばれるようになったのだそうだ。
縄結びのプレッツエルの形を想像したのが、いかにもティーンエイジャーの男の子たちの発想でほほえましい。
妹をかわいがる、誰もから愛される人気者だった。
Charley Horseの語源を検索した。
1880年代のこと、チャーリーという老馬がシカゴはホワイトソックスの野球場の地面をならすため、重いローラーを牽引していた。
そのかわいそうな馬が疲労か老齢かで、歩くのに苦労していたのを見た選手や観客が、ひとがこむら返りを起こして歩けなくる状態をそう呼ぶようになったのだそうだ。
蒲公英もあちこちに生えてきた。
春先の柔らかい蒲公英の葉をサラダやおひたしにするのもおいしいらしいが、除草剤が撒かれているから、食べられなくて残念だ。
by ymomen
| 2023-04-17 02:35
| アメリカの季節 春
|
Trackback
|
Comments(2)
人生の半分以上をアメリカで過ごしていますが、知らない言葉ばかりです。一つには夫が日本人だったこともあるでしょう。夫は学生時代からアメリカでしたが、家の中では日本語ですし、サンディエゴでは日常はほぼ日本語だけで暮らすことができます。
今でもおぼつかないのに、もう少し歳を取ったら、果たして肝心な時に英語は出てくるのかどうか、なんとも心許ないです。
蒲公英の葉っぱ、こちらのスーパーで売られているのですが、筋張っています。ちょっと苦いところが好きです。
今でもおぼつかないのに、もう少し歳を取ったら、果たして肝心な時に英語は出てくるのかどうか、なんとも心許ないです。
蒲公英の葉っぱ、こちらのスーパーで売られているのですが、筋張っています。ちょっと苦いところが好きです。
1
> Mchappykun2さん
そうですよね。
言葉というのは常に変化するものというのもあって、こどもたちと話していても、新しい表現があるし。
蒲公英の葉、召し上がるのですね。
ほろ苦いのは日本の春の山菜にもあるから、気にならないと思います。
隣町の韓国の方々がこの町に蒲公英を摘みにおいでると聞いたことがあります。
そうですよね。
言葉というのは常に変化するものというのもあって、こどもたちと話していても、新しい表現があるし。
蒲公英の葉、召し上がるのですね。
ほろ苦いのは日本の春の山菜にもあるから、気にならないと思います。
隣町の韓国の方々がこの町に蒲公英を摘みにおいでると聞いたことがあります。



