2023年 04月 16日
Misha |
ひとつの香水だけを持っていて、それだけをまとっていた自分もあった。
金銭的に余裕がなかったせいもある。
それがわたしにとっての、香水の初恋だったこともある。
Misha
ミシャ
Mikhail Baryshinikovの愛称。
1974ロシアから合衆国に亡命したダンサーが1989年にプロデュースした香水。
生産中止になったのはいつだったか。
販売されていた年月は短かった。
こればかりを身に着けていたのは3-4年ほどで、いまあるのが3本目。
これがわたしにとっては最後のMishaになるだろうと、大切にしている。
熟れた果実の薫りにはじまって、フローラル、煙ったアンバーの残り香。
快晴の空には似合わない、夜のほの赤い灯りのもとにある匂い。
愛おしい思い出を写した古い写真のような。
これをまとうと、酔う。
酒で酔うのではなく、この美しい香りに陶酔する。
いま思えば、20代の半ばでつけていたのは、ずいぶん生意気なことだった。
なにを考えていたのか。
あのころのわたしに、この香水のほんとうの価値がわかっていたのだろうか。
この薫りに憧れて、いつかこうなりたいと願っていたのかもしれない。
その年齢でこればかりを身に着けていたのは厚かましい。
もう少し上の年齢、もしくはいまのわたしの年齢にふさわしい薫りだと思う。
人生というもののほろ苦さが少しわかり始めてから、つけるのを許される香水という気さえする。
指の節も大きくなり、染みも血管も浮き出る手になったわたしが、いまやっと、臆せずMishaをまとえるようになったことに気がつくのも間が抜けているが、本音である。
果実の薫りといえども、甘ったるいものではない。
風、雨、雪、灼熱の太陽になぶられて年輪を重ねた木に実る果実、あるいは、涙や血のようにこぼす樹脂。
それらが醸し出す芳香。
ブーケのやわらかい薫りもあるが、その根に命が始まるということを忘れさせないヴェテイバーの泥じみた地のにおいもある。
三段階のノートは、女性がだんだん歳を重ねていくプロセスのようでもある。
いずれわたしも土に帰る。
土や泥がかすかに残る香水に惹かれるのは、そういうことかもしれない。
薫りそのものにも傾倒していたけれど、バリシニコフに憧れていたということもあった。
いまでは、セレバティが香水をプロデュ―スして彼ら自身がブランドになっているが、Mishaもまたその走りだったのだろう。
のちに夫となるひとと別れていたあいだ、恋人がいた。
彼がしばらくペンシルヴァニアの実家に帰っていたときに送った手紙に、Mishaをひとふきスプレーして封をした。
トップノート: 桃、バーガモット、アマフィレモン
ミドルノート: シナモン、カーネーション、薔薇、ラズベリー、ジャスミン
ベースノート: アンバー、パチュウリ、ヴェティヴァー
まだ東京に住んでいたころ、タップダンサーのグレゴリー・ハインツが来日し、彼の公演に出かけた。
池袋のサンシャイン劇場。
1985年に公開された映画 ”White Nights"で、この二人のダンサーは共演している。
その劇場のスタッフが大きな花束をわたしにくれて、ショーのあとにハインツにこれを手渡すようにという幸運に授かった。
彼もまたすばらしい踊り手であった。
by ymomen
| 2023-04-16 01:11
| 香り
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Comments(4)
White Nights 覚えてますよ。それにしても、香りをここまで描けるのは素晴らしいですね。
2
WhiteNightsの映画は見ていませんが、その主題歌をMTVでずっと流していたので、出演者を覚えています。 グレゴリーさんに直接お会いして花束を渡されたなんて、良いですねー!!
香りは思い出に直帰します。 若いころ主人が付けていたカルバンクラインのオブセッション。。。。今も家に数個転がっていますが。 思い出は良いものだけではありませんからね~、とだけお伝えしておきます(笑)
香りは思い出に直帰します。 若いころ主人が付けていたカルバンクラインのオブセッション。。。。今も家に数個転がっていますが。 思い出は良いものだけではありませんからね~、とだけお伝えしておきます(笑)
> tanatali3さん
ありがとうございます。
目に見えないものを表現するのは難しいけど、実はそういうもののなかにすばらしいものが潜んでいることが多いような気もします。
例えば、ひとがひとであること。
外面だけではそのひとのほんとうの姿はわからない。
ありがとうございます。
目に見えないものを表現するのは難しいけど、実はそういうもののなかにすばらしいものが潜んでいることが多いような気もします。
例えば、ひとがひとであること。
外面だけではそのひとのほんとうの姿はわからない。
> meek6768さん
若かったからか、あまり突然のことだったからか、そのときのわたしは、ただ茫然とその事実を受け止めていただけだったような。
いまになって、なんという光栄だったのか、と気がついています。
数個転がっているというのは、、、?
そのお話、今度お会いした時にぜひお聞きしたいです :)
若かったからか、あまり突然のことだったからか、そのときのわたしは、ただ茫然とその事実を受け止めていただけだったような。
いまになって、なんという光栄だったのか、と気がついています。
数個転がっているというのは、、、?
そのお話、今度お会いした時にぜひお聞きしたいです :)





