2023年 01月 26日
ちょっと憮然、 |
あきらが大学に戻ってから、みあが来た。
あきらは帰ってくるたびにやさしくなる、口応えもしなくなった、と言ったら、
帰るごとに父さんと母さんが歳をとっていくのがわかるから、これからどれだけ一緒にいられるのかと悲しくてやさしくしなきゃって思うんだ、とみあに話したらしい。
夫は60でわたしは58歳だから若くはないけど、哀れんでもらうほど老けたつもりはないと、憮然とした。
でも落ち着いて考えたら、久しぶりにあきらに会うと、かすかに顎の線がおとなびてきたとか、毎日顔を合わせていれば気がつかないことがあるから、あきらだってわたしたちに会って、いままで気がつかなかったことに敏感になっただけのことだろうと気を取り直す。
みあを35歳で、その4年後にあきらを産んだから、こどもたちの学校のスポーツ観戦なりの行事に行くと、わたしたちがほかの親よりも明らかに年上だった。
いまのわたしたちは、ところによれば、すでにシニアディスカウントの効く年齢だ。
まだ進路を見定めているこどもたちに両親の老い先を心配させるのは残酷だ。
長生きしたいというのじゃなくて、生きている間は、覚醒状態で床につかず、ひとの手を取らない生活をしたいから、できるだけ自愛しているつもりだ。
わたしも両親のことを思えば、自分が成人してから両親ともに至って健康でいられた月日はそう長くなかった。
夫は煙草をやめられないし、節操のない生活習慣のひとだから、自分であと10年生きられたらいいほうだ、と弱音を吐くのを聞くと、心が重い。10年なんてあっという間のこと。
わたしだって心臓発作を5年前に起こしたから、わからない。
あきらの気持ちを素直にもらって、こどもたちと分かち合える時間を大事にしたい。
余生がどのくらい残っているかと憂えるのではなく、その時間がわからないからこそ、いまよりよく生きたい。
昨夜、ニュースを観ながら夫はすでにうとうとしているところに、あきらが機嫌伺の電話をしてきた。
用事があるというのではなく、きょうはジムに行ったの、何を食べたの、クラスはどう、というような他愛のない話。
あきらが電話を切るまえ三度も "I love you" とおまえに繰り返し言ってたよ、と今朝夫が仕事に出かけるときに笑っていた。
by ymomen
| 2023-01-26 07:32
| こども
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