2013年 03月 27日
わたしが会ったかみさま |
どこを捜しても見つからず、まさかそんなところに仕舞うわけはないだろうというところまでひっくり返して捜したけど、見つからない
あのころのわたしはどうかしていたから、捨ててしまったのだろうか
あのころのわたしはおかしかったから、ありもしないことをあったように思っているのか
それほどにわたしは病んでいたのだろうか
みあに、このさがしものがどうしてわたしにおくられたのかを話してから、みあが数度、あれ、見せて、と言う
じゃあ、捜しておく、
と言っては、忘れていて、ちょっと捜しただけでは見つからなくて、あれはほんとうにあったことなのだろうかと思うようになってしまった
かみさまがくれた、操り人形

捜して捜して、果たしてそれは、何度も覗き込んだ引き出しに、ありました
そうして、それは、操り人形ではなくて、あひる、でした
ひとの記憶とはあてにならないもの
それでも、確かにその木彫りのおくりものは、ここにある
あのひとは、かみさまだったのかもしれない
塞ぎこんでいたころ、わたしの外出先は、こどもの通う学校、習い事、限られた店、それに図書館に限られていました
図書館も、自宅でネットで読みたい本を予約して、現地で受け取るというサーヴィスを利用するばかりで、図書館内をうろつくことは滅多にありませんでした
でもそのときは、2階に上がってすぐの、新刊書を見ていました
背後から、
”いくら読んでも、いくらでも読みたい本があるねえ”
という声
自分にかけられている声だと思わなかったから、そのまま本棚を眺めていたら、その声の主が隣にたたずんで微笑んでいる
初老のそのひとは、バックパックを背負っていて、人里離れたところに住んでいるような雰囲気があった

そのころのわたしは、ひとと会うのが、話すのが、億劫で、たまに見知らぬひと、老齢といえるひとがひと恋しいのか、話しかけてくると、なるべく穏やかにかわして、その場を退散するのが常でした
どういうわけか、そのひとと座り込んで10分ほど話をした
そのひとは、いままた大学で勉強を始めたという
勉強するのがおもしろいと楽しそうに話した
”あなたは、これが必要なようだから、あげる”
と言って、重そうなバックパックから取り出したのは、ジップロックに入った、この木彫りのおもちゃだったのです
"ご自分で作られたのですか”
と尋ねたら、うなずいた
それはたいそうな細工ではないのかもしれないけど、時間をかけて丹念に作ったもので、見ず知らずのひとにあげるものとしては過ぎている
そのひとに会ったのは、それっきり
またどこかで、そのひととすれ違っても、わからないと思います

その木彫り細工は、そうやって仕舞われたままでした
そのときのこと、自分でどう受け取ればいいのかわからなかったからかもしれません
いままた探し当てたその操り細工のあひるは、愛嬌たっぷりで、あのひとは、かみさまだったのかもしれない
光が見えないと模索していたあのときに、この木彫り細工をわたしにくれたのは、かみさまだったと思うのです
かみさまとの面会とはそういうものなのかもしれないと思えるのは、わたしの狂気の沙汰でしょうか
あのころのわたしはどうかしていたから、捨ててしまったのだろうか
あのころのわたしはおかしかったから、ありもしないことをあったように思っているのか
それほどにわたしは病んでいたのだろうか
みあに、このさがしものがどうしてわたしにおくられたのかを話してから、みあが数度、あれ、見せて、と言う
じゃあ、捜しておく、
と言っては、忘れていて、ちょっと捜しただけでは見つからなくて、あれはほんとうにあったことなのだろうかと思うようになってしまった
かみさまがくれた、操り人形

捜して捜して、果たしてそれは、何度も覗き込んだ引き出しに、ありました
そうして、それは、操り人形ではなくて、あひる、でした
ひとの記憶とはあてにならないもの
それでも、確かにその木彫りのおくりものは、ここにある
あのひとは、かみさまだったのかもしれない
塞ぎこんでいたころ、わたしの外出先は、こどもの通う学校、習い事、限られた店、それに図書館に限られていました
図書館も、自宅でネットで読みたい本を予約して、現地で受け取るというサーヴィスを利用するばかりで、図書館内をうろつくことは滅多にありませんでした
でもそのときは、2階に上がってすぐの、新刊書を見ていました
背後から、
”いくら読んでも、いくらでも読みたい本があるねえ”
という声
自分にかけられている声だと思わなかったから、そのまま本棚を眺めていたら、その声の主が隣にたたずんで微笑んでいる
初老のそのひとは、バックパックを背負っていて、人里離れたところに住んでいるような雰囲気があった

そのころのわたしは、ひとと会うのが、話すのが、億劫で、たまに見知らぬひと、老齢といえるひとがひと恋しいのか、話しかけてくると、なるべく穏やかにかわして、その場を退散するのが常でした
どういうわけか、そのひとと座り込んで10分ほど話をした
そのひとは、いままた大学で勉強を始めたという
勉強するのがおもしろいと楽しそうに話した
”あなたは、これが必要なようだから、あげる”
と言って、重そうなバックパックから取り出したのは、ジップロックに入った、この木彫りのおもちゃだったのです
"ご自分で作られたのですか”
と尋ねたら、うなずいた
それはたいそうな細工ではないのかもしれないけど、時間をかけて丹念に作ったもので、見ず知らずのひとにあげるものとしては過ぎている
そのひとに会ったのは、それっきり
またどこかで、そのひととすれ違っても、わからないと思います

その木彫り細工は、そうやって仕舞われたままでした
そのときのこと、自分でどう受け取ればいいのかわからなかったからかもしれません
いままた探し当てたその操り細工のあひるは、愛嬌たっぷりで、あのひとは、かみさまだったのかもしれない
光が見えないと模索していたあのときに、この木彫り細工をわたしにくれたのは、かみさまだったと思うのです
かみさまとの面会とはそういうものなのかもしれないと思えるのは、わたしの狂気の沙汰でしょうか
by ymomen
| 2013-03-27 05:56
| 告白
|
Trackback
|
Comments(10)
こんにちは。
私はもめんさんのお話、信じますよ^^
宗教によって色んな神さまの存り方がありますけど、信じる人によっていろんな姿かたちに変幻自在なのではないかな、と私はいつも思っています。
だから形がなくて目に見えないと思う人もあれば、意外と身近な人間の形になって現れる場合もあるんじゃないかな、と。
人がその助けを必要とした時、かみさまは様々な形で手を差し伸べてくれて、それがもめんさんの場合はきっとその男性と操りあひる、だったんでしょうね。
信じるものは救われる、と昔から言いますが、格言って図らずも真理を突いているものだと私は常々思っています。
私はもめんさんのお話、信じますよ^^
宗教によって色んな神さまの存り方がありますけど、信じる人によっていろんな姿かたちに変幻自在なのではないかな、と私はいつも思っています。
だから形がなくて目に見えないと思う人もあれば、意外と身近な人間の形になって現れる場合もあるんじゃないかな、と。
人がその助けを必要とした時、かみさまは様々な形で手を差し伸べてくれて、それがもめんさんの場合はきっとその男性と操りあひる、だったんでしょうね。
信じるものは救われる、と昔から言いますが、格言って図らずも真理を突いているものだと私は常々思っています。
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狂気の沙汰なんてとんでもない!とても素敵な出来事だと思います。生きていると色んな事が起きますし、それに対する解釈はそれぞれの自由だと思います。私は「その初老の男性を神様だったのであはないか」ととらえる事ができる、めんさんの繊細な感性がとても好きです。
ここからは蛇足。過去の「わたしが聞いていた音楽」というポストを読んで知ったのですがもめんさんは64年生まれなのですね。私の母は61年生まれなので、本当に親子ほど年が離れているんだ!と驚いてしまいました。ブログを読んでいるととてもそんな気はしなくて。
そのポストを読んで知ったことなのですが、もめんさんはDavid BowieやStingもお好きだったのですね。実は私も彼らの曲が好きでよく聞いているんです。Il Divoだけじゃなかったのかという驚きと、旦那様の「そんなものは女子供が聞く音楽だ」という発言に笑ってしまいました。自分でも常々そう思っていますから。笑 でも、もめんさんはそういう細やかなものを好む感性を持っているから、図書館の出来事もファンタジックな、素敵なエピソードだととらえることができたんだと思いますよ^^
ここからは蛇足。過去の「わたしが聞いていた音楽」というポストを読んで知ったのですがもめんさんは64年生まれなのですね。私の母は61年生まれなので、本当に親子ほど年が離れているんだ!と驚いてしまいました。ブログを読んでいるととてもそんな気はしなくて。
そのポストを読んで知ったことなのですが、もめんさんはDavid BowieやStingもお好きだったのですね。実は私も彼らの曲が好きでよく聞いているんです。Il Divoだけじゃなかったのかという驚きと、旦那様の「そんなものは女子供が聞く音楽だ」という発言に笑ってしまいました。自分でも常々そう思っていますから。笑 でも、もめんさんはそういう細やかなものを好む感性を持っているから、図書館の出来事もファンタジックな、素敵なエピソードだととらえることができたんだと思いますよ^^
Saoriさん
教会に属していて、名前のある信仰とともに暮らしておられる方には、こういう類の話は失礼にあたるのではないかという思いがあったので、Saoriさんのコメント、とてもうれしいです
どの宗派にも属していないわたしにとってのかみさまは、いわゆる
the higher power
これという宗教に属しているひとの強さ、よく目の当たりにします
自分はそれがないから、弱いのかもしれないと よく感じます
だからそういう状態でこどもたちを育てていて、自分と同じく迷いっぱなしのおとなになったらいけないなあ、と思うのです
教会に属していて、名前のある信仰とともに暮らしておられる方には、こういう類の話は失礼にあたるのではないかという思いがあったので、Saoriさんのコメント、とてもうれしいです
どの宗派にも属していないわたしにとってのかみさまは、いわゆる
the higher power
これという宗教に属しているひとの強さ、よく目の当たりにします
自分はそれがないから、弱いのかもしれないと よく感じます
だからそういう状態でこどもたちを育てていて、自分と同じく迷いっぱなしのおとなになったらいけないなあ、と思うのです
つるこけももさん
:)
やっぱりそれほどの年齢差、ありますね
こどもたちがあなたほどに成長したとき、ここにわたしがつづってきたことを読んで、あのころの母は、こんなことを思って暮らしていたんだと知ってくれたらいいなあ、というのが願いでもあります
実現してくれるといいけど
BowieもStingも、あなたがいま聴いているのなら、いつかうちのこどもたちも聴くようになるでしょうか
あきらは昨年夫が好きだったバンドのコンサートに、ふたりで行き、とてもよかったと楽しんでいました
わたしにしたら、あんな古い音をあきらが喜ぶなんて思っていなかった
かつては人気があっても、いまは過去の栄光をひきずって巡業しているバンドで、なかのひとりはあまりに年老いて、鼻梁に酸素チューブを通して演奏していたというから、笑ってはいけないけど、こどもが聴いたら退屈するに決まってる、と :)
おかあさまも、わたしが聴いていたような音楽、聴かれていたのではありませんか?
自分で狂気、という感覚、わからないでもないのです
客観的にそういう状態にいるひとを見ると、自分とそうたいして変わらない、という接点を意識することがあります
:)
やっぱりそれほどの年齢差、ありますね
こどもたちがあなたほどに成長したとき、ここにわたしがつづってきたことを読んで、あのころの母は、こんなことを思って暮らしていたんだと知ってくれたらいいなあ、というのが願いでもあります
実現してくれるといいけど
BowieもStingも、あなたがいま聴いているのなら、いつかうちのこどもたちも聴くようになるでしょうか
あきらは昨年夫が好きだったバンドのコンサートに、ふたりで行き、とてもよかったと楽しんでいました
わたしにしたら、あんな古い音をあきらが喜ぶなんて思っていなかった
かつては人気があっても、いまは過去の栄光をひきずって巡業しているバンドで、なかのひとりはあまりに年老いて、鼻梁に酸素チューブを通して演奏していたというから、笑ってはいけないけど、こどもが聴いたら退屈するに決まってる、と :)
おかあさまも、わたしが聴いていたような音楽、聴かれていたのではありませんか?
自分で狂気、という感覚、わからないでもないのです
客観的にそういう状態にいるひとを見ると、自分とそうたいして変わらない、という接点を意識することがあります
私の母は、カタカナというか英語に弱くて曲は知っていても会話になりません。「なんでお母さんが若い時にはやった曲なのに知らないの~?」ときいて彼女を困らせています。笑
「狂喜か正常か」の境目はあいまいなものだと私も思います。実生活の中で知り合いの人が鬱病になったりもするし、私が研究している作家や作品も一般的に言えば「精神的に病気」な部類に属しているのですが、彼らの感覚をおかしい、とは一概に言い切ることはできません。自分も何かの拍子にそういう風な感じになることも十分にありえるのだとも感じますし。。。
「狂喜か正常か」の境目はあいまいなものだと私も思います。実生活の中で知り合いの人が鬱病になったりもするし、私が研究している作家や作品も一般的に言えば「精神的に病気」な部類に属しているのですが、彼らの感覚をおかしい、とは一概に言い切ることはできません。自分も何かの拍子にそういう風な感じになることも十分にありえるのだとも感じますし。。。
つるこけももさん
わたしも日本に住んでいたら、カタカナ苦手な部類なんじゃないかしら
昔の日本語の記録で、ひらがながまだ一般的ではなかったころの、文書って、漢字とカタカナで筆記されているの、読めないです
頭痛がします :(
たくさんのひとが、その境界をさまよっているんじゃないかしら
つるこけももさんが研究なさっている作家やその著書に興味があります
わたしも日本に住んでいたら、カタカナ苦手な部類なんじゃないかしら
昔の日本語の記録で、ひらがながまだ一般的ではなかったころの、文書って、漢字とカタカナで筆記されているの、読めないです
頭痛がします :(
たくさんのひとが、その境界をさまよっているんじゃないかしら
つるこけももさんが研究なさっている作家やその著書に興味があります
私が研究している作家は、Virginia Woolf(1982-1941)というイギリスの女性作家です。この春から大学院に進学するのですが修士論文は彼女のMrs Dallowayで書こうと思っています。この作品には精神病に悩まされる男性が出てきますし、Woolf自身、精神病に悩まされて最後には自殺しています。「自殺した作家」というと、みんな「可哀想な人だったんだね」「Oh I'm sorry for it」と言いますが、私は「そうかなー、いい人生を送っていたと思うし、彼女は決して可哀想ではないと思うんだけどなぁ」といつも心の中で息巻いています。笑
バイオグラフィー、読んだことはあります。日本語訳でクウェンティン・ベルさんの著書を読み、英語ではHermimne Leeさんの書いたヴァージニア・ウルフ伝を読みました。

