2013年 03月 15日
謝る |
結婚する前のこと
兄の友人がここですでに結婚して、ニューヨーク州に住んでいました
こちらで奥さんもらってどうですか、と訊いたら、こっちの奥さんは謝らないねえ、と笑っていたのをそうかあ、というくらいの気分で聞いていたけど、いまになってもその答えを覚えているのは、ここでの生活が長くなるにつけ、思い当たるからなのでしょう
女性に限って、というのではなくー
ここに住んでいるのは自分の意思で決めたことだから、何につけ日本の習慣と比べたり、愚痴っぽく悲観するのは慎もうとは常々自分に言い聞かせているけれど、やはりこれば文化の違いなのかなあと思うこと、しばしばです
例えば貸していた本を友人が紛失してしまい、それに対して実に簡潔に非を認め、失くした経過を説明されて、後にアマゾンの商品券を渡されました
互いに生身の人間でエラーがあるのはあたりまえ
そして失くしたものを買い換える手はずをしたのだから、それでご破算、といえば確かにそうなのだけど、謝る言葉がなかった
ある商品をネットで注文して、相手の手違いで発送が2週間送れ、そのうえ、配達業者のエラーが重なってさらに荷がある箇所で足止めにあったということがあったけど、その間にカスタマーサービスと連絡中、これもまた、謝る、というのがなかった
配達業者のエラーを商品を売った業者に添加するのは理にあわないとはわかっている
最終的に払った商品総額の3%を返金したのが向うがとった処置
でもどうしてひとこと謝罪できないのかと思う
ロンドンのまだ見ぬ妹、と呼ばせてくれているSaoriさんが、現地で買い物されて数社との苦い体験をつづられており、わたしにも思い当たることがあります
どこのメーカーとどんな手違いが起きても、もう驚くことはなくなっています
慌てず、落ち着いて、メイルなり電話なりで、手違いの事情を相手に知らせ、処置を仰ぐ
処置を期待しても、謝る言葉は期待できない
ひとの仕事にエラーはつきもので、そのエラーにいちいち怒ってはきりがない
苦情を受けるひとは、ほとんどの場合、エラーの原因を起こした当人ではないから、そのひとに感情的になっても仕方がないというのはわかっている
カスタマーサービスというのは、他人の起こしたエラーに対して、それを招いた人に代わって謝罪している、と思っていたけど、ここではちがうのか
個人的な感覚でいうと、自分が間違いを起こした場合、自分がそれに対してどんなに後悔の念を抱いていて、相手を不快にさせたであろうことを意識している、ということを相手に伝えて謝る、というのが、”謝る”だけど、こちらのひとにとっては、そこまでの意識はないのかもしれない
間違いを起こしたら、それに対する賠償を行い、直ちに前進するー、という解釈かなあ
自分が悪かったなあ、と後悔していることを、相手に謝ると、もう終わったことじゃない、どうしてそんなにいつまで謝るの、と笑われることもあるから、こちらのひとは謝らないけど、謝れることも求めてないのかもしれないと思う
結婚してまだ間もないころ、夫といさかいを起こすと、なかなか機嫌がなおらないわたしに、まだ怒っている、もう謝ったじゃないか、と言われて、ほら、謝ったじゃないか、というのがいやなのよ、ということがよくありました
しつこいわたしは、だって、あのSorryは言い捨てたみたいなSorryだった、とか、謝ればそれでいいっていうもんじゃない、とか、食い下がっていました
相手が買い物をする相手の場合、できるだけ感情は抜きにして、エラーにたいしての”交渉”をするのがいいのでしょう
ある友人がある航空会社のカスタマーサービスをしていて、無礼にヒステリーに叫ぶひとには、彼女も意地になって相手の要求するようには折れない、と言っていた
学生時代、夏休みに帰国時、中元を扱うところでアルバイトした経験があります
みんな二十歳そこそこといった年齢のわたしたちのうち、カスタマーサービスにまわされた何人かは、来る日も来る日も、自分とは関係ない苦情にひたすら謝っているのが気の毒で、彼女たちもわたしと同じ時給なんてかわいそうでした
確かに本当の苦情もあったにちがいないけれど、”メロンの食べごろの日を逃してしまったから、新しいのを送れ”という無理難題もあったようです
日本の報道記事には”謝罪”という言葉があるけど、こちらでは、apologizeではなくて、”非”を admitするというふうに書かれているほうが多いのに気がつきます
兄の友人がここですでに結婚して、ニューヨーク州に住んでいました
こちらで奥さんもらってどうですか、と訊いたら、こっちの奥さんは謝らないねえ、と笑っていたのをそうかあ、というくらいの気分で聞いていたけど、いまになってもその答えを覚えているのは、ここでの生活が長くなるにつけ、思い当たるからなのでしょう
女性に限って、というのではなくー
ここに住んでいるのは自分の意思で決めたことだから、何につけ日本の習慣と比べたり、愚痴っぽく悲観するのは慎もうとは常々自分に言い聞かせているけれど、やはりこれば文化の違いなのかなあと思うこと、しばしばです
例えば貸していた本を友人が紛失してしまい、それに対して実に簡潔に非を認め、失くした経過を説明されて、後にアマゾンの商品券を渡されました
互いに生身の人間でエラーがあるのはあたりまえ
そして失くしたものを買い換える手はずをしたのだから、それでご破算、といえば確かにそうなのだけど、謝る言葉がなかった
ある商品をネットで注文して、相手の手違いで発送が2週間送れ、そのうえ、配達業者のエラーが重なってさらに荷がある箇所で足止めにあったということがあったけど、その間にカスタマーサービスと連絡中、これもまた、謝る、というのがなかった
配達業者のエラーを商品を売った業者に添加するのは理にあわないとはわかっている
最終的に払った商品総額の3%を返金したのが向うがとった処置
でもどうしてひとこと謝罪できないのかと思う
ロンドンのまだ見ぬ妹、と呼ばせてくれているSaoriさんが、現地で買い物されて数社との苦い体験をつづられており、わたしにも思い当たることがあります
どこのメーカーとどんな手違いが起きても、もう驚くことはなくなっています
慌てず、落ち着いて、メイルなり電話なりで、手違いの事情を相手に知らせ、処置を仰ぐ
処置を期待しても、謝る言葉は期待できない
ひとの仕事にエラーはつきもので、そのエラーにいちいち怒ってはきりがない
苦情を受けるひとは、ほとんどの場合、エラーの原因を起こした当人ではないから、そのひとに感情的になっても仕方がないというのはわかっている
カスタマーサービスというのは、他人の起こしたエラーに対して、それを招いた人に代わって謝罪している、と思っていたけど、ここではちがうのか
個人的な感覚でいうと、自分が間違いを起こした場合、自分がそれに対してどんなに後悔の念を抱いていて、相手を不快にさせたであろうことを意識している、ということを相手に伝えて謝る、というのが、”謝る”だけど、こちらのひとにとっては、そこまでの意識はないのかもしれない
間違いを起こしたら、それに対する賠償を行い、直ちに前進するー、という解釈かなあ
自分が悪かったなあ、と後悔していることを、相手に謝ると、もう終わったことじゃない、どうしてそんなにいつまで謝るの、と笑われることもあるから、こちらのひとは謝らないけど、謝れることも求めてないのかもしれないと思う
結婚してまだ間もないころ、夫といさかいを起こすと、なかなか機嫌がなおらないわたしに、まだ怒っている、もう謝ったじゃないか、と言われて、ほら、謝ったじゃないか、というのがいやなのよ、ということがよくありました
しつこいわたしは、だって、あのSorryは言い捨てたみたいなSorryだった、とか、謝ればそれでいいっていうもんじゃない、とか、食い下がっていました
相手が買い物をする相手の場合、できるだけ感情は抜きにして、エラーにたいしての”交渉”をするのがいいのでしょう
ある友人がある航空会社のカスタマーサービスをしていて、無礼にヒステリーに叫ぶひとには、彼女も意地になって相手の要求するようには折れない、と言っていた
学生時代、夏休みに帰国時、中元を扱うところでアルバイトした経験があります
みんな二十歳そこそこといった年齢のわたしたちのうち、カスタマーサービスにまわされた何人かは、来る日も来る日も、自分とは関係ない苦情にひたすら謝っているのが気の毒で、彼女たちもわたしと同じ時給なんてかわいそうでした
確かに本当の苦情もあったにちがいないけれど、”メロンの食べごろの日を逃してしまったから、新しいのを送れ”という無理難題もあったようです
日本の報道記事には”謝罪”という言葉があるけど、こちらでは、apologizeではなくて、”非”を admitするというふうに書かれているほうが多いのに気がつきます
by ymomen
| 2013-03-15 03:30
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Comments(8)
初めまして。日本の大学で英文学を専攻している大学生です。去年の7月までイギリスの大学に留学しており、その時にもめんさんのブログを発見しました。以来、もめんさんの文章に魅せられていつも楽しく読ませていただいてます。
admitとapologizeの違いの指摘、おもしろいなと思いました。確かにこのニュアンスだとまったく違う。日本は国際社会で「過去の出来事に対して誤っていない」と報道されますが、それはadmitしていないという意味ならば、「誤っていない」という点ではなく、「過去のことをを認めた上でつぐないなりなんなりの行動をしていない」点に対して批判されているのかな、と思ったり。
なんだか堅いことを言ってしまいましたが(笑)、素直におもしろいなと思いました。。だからこのブログのファンなのでしょうね。もめんさんのブログからうけた影響はけっこうあって、実は私もIL DIVOの大ファンです。まわりに20代前半のファンはいないので少し寂しい思いもしていますが。笑
長々と失礼しました。これからも更新、楽しみにしていますね。^^
admitとapologizeの違いの指摘、おもしろいなと思いました。確かにこのニュアンスだとまったく違う。日本は国際社会で「過去の出来事に対して誤っていない」と報道されますが、それはadmitしていないという意味ならば、「誤っていない」という点ではなく、「過去のことをを認めた上でつぐないなりなんなりの行動をしていない」点に対して批判されているのかな、と思ったり。
なんだか堅いことを言ってしまいましたが(笑)、素直におもしろいなと思いました。。だからこのブログのファンなのでしょうね。もめんさんのブログからうけた影響はけっこうあって、実は私もIL DIVOの大ファンです。まわりに20代前半のファンはいないので少し寂しい思いもしていますが。笑
長々と失礼しました。これからも更新、楽しみにしていますね。^^
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あ、「誤っていない」ではなく「謝っていない」ですね。恥ずかしい ><失礼いたしました。
私も常々同じことを思っています。でも、留学していた時アドバイザーの方に言われました。特に日本人学生にだけ言うけれど、車との接触事故などがあった時、ソーリーと絶対に言うなと。Are you OK?と相手の安否を確認しなさい。Sorryを言った時点で自分が不利になるだけ。それがアメリカ社会なんだ、と。それから15年…夫と喧嘩したら、ソーリーは期待しないけど、I was wrong.と言いなさいと言ってます。働いていた時もついついソーリーを使って注意されました。気軽に使いすぎるって。難しいですね。
こんにちは、リンクありがとうございました。
以前アメリカは訴訟社会なので簡単には謝らない、と何かで聞いた事がありましたが、やはりそういうのも関係があるのかもしれないですね。
日本とアメリカの違い、そしてアメリカとイギリスもまた似ているようでいて違うように思います。
それぞれ文化や考え方の違いで「謝る」と言う事がこんなに難しい事になるのか!と驚いてしまいます。
思い返してみると、夫と喧嘩してもSorryって言わないですねー(笑)
やっぱり言ったもん負けなのかしら?
子供たちには本当に悪い事をしたら日本語で「ごめんなさい」と言うようにしつけていますが、謝り癖がついてしまって世間に出た時に逆に悪い影響があったりして、、、なんて思いました。本当難しいですね。
以前アメリカは訴訟社会なので簡単には謝らない、と何かで聞いた事がありましたが、やはりそういうのも関係があるのかもしれないですね。
日本とアメリカの違い、そしてアメリカとイギリスもまた似ているようでいて違うように思います。
それぞれ文化や考え方の違いで「謝る」と言う事がこんなに難しい事になるのか!と驚いてしまいます。
思い返してみると、夫と喧嘩してもSorryって言わないですねー(笑)
やっぱり言ったもん負けなのかしら?
子供たちには本当に悪い事をしたら日本語で「ごめんなさい」と言うようにしつけていますが、謝り癖がついてしまって世間に出た時に逆に悪い影響があったりして、、、なんて思いました。本当難しいですね。
つるこけももさん
初めまして
うれしく拝読しました
自分が二十代だったころって、そんなに昔のことじゃなくて、けっこう鮮明にいろんなことを覚えているものですけど、あなたはわたしの年齢の
半分の年齢、と思えば、自分の年齢は現実です :)
そういう年齢の方からコメントいただいてうれしいです
言葉使いがそのたびに記録されて、あとあとの取引に影響するようなおとなの世界では、謝るということ、わたしにはわからない重みがあるのかもしれません
わたしにしてみれば、本紛失されて、図書券をもらうよりは、ちゃんと謝ってくれればそれですんだことなのです
ともだちとの関係が”取引”というかたちになるのに、違和感があります
そのことで、ともだちだと思っていた関係が、そうではなかったのか、と思い知らされたような
IL DIVO、お好きですか!
これもうれしい :)
イギリスの生活も楽しまれたでしょう
IL DIVOのコンサートにも行かれましたか?
初めまして
うれしく拝読しました
自分が二十代だったころって、そんなに昔のことじゃなくて、けっこう鮮明にいろんなことを覚えているものですけど、あなたはわたしの年齢の
半分の年齢、と思えば、自分の年齢は現実です :)
そういう年齢の方からコメントいただいてうれしいです
言葉使いがそのたびに記録されて、あとあとの取引に影響するようなおとなの世界では、謝るということ、わたしにはわからない重みがあるのかもしれません
わたしにしてみれば、本紛失されて、図書券をもらうよりは、ちゃんと謝ってくれればそれですんだことなのです
ともだちとの関係が”取引”というかたちになるのに、違和感があります
そのことで、ともだちだと思っていた関係が、そうではなかったのか、と思い知らされたような
IL DIVO、お好きですか!
これもうれしい :)
イギリスの生活も楽しまれたでしょう
IL DIVOのコンサートにも行かれましたか?
Saoriさん
Saoriさんが書かれたあの記事に対して、いろいろ考えていました
日本ほどのカスタマーサービスは、きっとどこの国に行っても望めないでしょうけど、やっぱり日本だったら、ということ、あるんですよね
いまの日本は違ってきているのかもしれないけど、単一民族に近い社会で担ったシステムだからこそ、わたしたちが知っているカスタマーサービスが存在したのかもしれないと思います
日本の企業がカスタマーサービスに、外国人を置くところはないですもの
日本人が一般的に持っている礼節、があってのことかな、と考えるんですけどどうでしょう
確かに、訴訟になった場合のことを踏まえて、すぐに謝るな、とは言いますね
わたしも、とくに個人間では、ありがとう、ごめんなさい、は素直に言ってほしいと、こどもには願っています
夫も、めんどうなことになるのがいやだから、事がこじれる前に、わたしに謝るようになりました、結婚生活が長くなるにつけ。。。笑
Saoriさんが書かれたあの記事に対して、いろいろ考えていました
日本ほどのカスタマーサービスは、きっとどこの国に行っても望めないでしょうけど、やっぱり日本だったら、ということ、あるんですよね
いまの日本は違ってきているのかもしれないけど、単一民族に近い社会で担ったシステムだからこそ、わたしたちが知っているカスタマーサービスが存在したのかもしれないと思います
日本の企業がカスタマーサービスに、外国人を置くところはないですもの
日本人が一般的に持っている礼節、があってのことかな、と考えるんですけどどうでしょう
確かに、訴訟になった場合のことを踏まえて、すぐに謝るな、とは言いますね
わたしも、とくに個人間では、ありがとう、ごめんなさい、は素直に言ってほしいと、こどもには願っています
夫も、めんどうなことになるのがいやだから、事がこじれる前に、わたしに謝るようになりました、結婚生活が長くなるにつけ。。。笑
実は、IL DIVOのコンサートは行ってないんです。私の近くの街にもツアーできていたのですが、旅行の予定や試験の予定との兼ね合いであきらめてしまいました。1年間という短い留学期間でしたし、無理をしてでも行っておけばよかったなぁと、今になって思います。
もし今度IL DIVOが来日することがあれば、絶対チケットをとって行くつもりです。;)
もし今度IL DIVOが来日することがあれば、絶対チケットをとって行くつもりです。;)
つるこけももさん
タイミングがあわないってこと、ありますね
また機会はありますよ
昨年、彼らはまたデンバーに来たのだけど、わたしも行きませんでした
気が乗らなかったんです
そういうことって、あります
タイミングがあわないってこと、ありますね
また機会はありますよ
昨年、彼らはまたデンバーに来たのだけど、わたしも行きませんでした
気が乗らなかったんです
そういうことって、あります

