2017年 06月 23日
愛猫昇天 |
年の瀬に、愛猫が昇天した。
20年以上もわたしと暮らしたその猫は、ただわたしのために存在していたようだった。
どんなときもつかず離れず、わたしを見守ってくれていた。
ショッピングモールにあったペットショップで、20ドルで買った。
雑種の黒猫で、うちに来たときには片手に乗る大きさで、寝室には入れるなとジムが言うのでドアを閉めて就寝したら、ドアのすぐ外でか細い声でニャアニャア泣くので根負けしてなかにいれてやったら、わたしの首の上に首巻みたいになってごろごろ喉を鳴らして眠った。
ごろごろいうその音はわたしの頭蓋骨まで響いてうるさいほどで、温かい子猫の体も首には暑いほどで、これからわたしは眠れなくなるんじゃないかと心配したけど、そう長くは続かなかった。
元気なころは、しなやかな体に黒い毛皮がいつもつやつやしていて、それはきれいな姿だった。
外に出れば、カラスのような大きな鳥が距離をおいて飛び回りながら鳴き声をあげてうちの猫をからかうのが不憫で、鳥が憎らしかった。
みあが産まれても、拗ねないで、すぐにみあにもなついた。
みあには、おまえよりも猫のほうが先にわたしと暮らすようになったんだから、先輩なんだよ、と小さいころから言い聞かせたのがよかったのかもしれない。
みあが宿題しているとノートの上に座り込んで邪魔したりもしていたけど、みあも猫をかわいがっていて、眠るときはみあのベッドかわたしのところで必ず寝ていた。
あきらが産まれて歩き出すようになると、あきらのうるさいのが気に入らないのか、ソファの背に座って、ソファに背が届くかというあきらの往来を待ち構えて、頭を素早く前肢で殴る(つもりだろうけど、かする程度に終わった)のがおかしかった。
あとあとやってきた2頭の犬にもなかなかなじめずに、同じように接していたのが、もうすでに老いていたからかわいそうでもあった。
晩年は痩せて毛並みも悪くなって、あちこちで粗相をして、夜中にとりつかれたように不気味な声で唸っていた。
ここ数年は家族で旅行の計画があっても、老いた猫をケンネルに預けるのがかわいそうで、わたしが留守番するのが常だったけど、12月の旅行には同行して、帰宅する日にわたしに会うのが待てずに息を引き取った。
待っていたんだろうに、ごめんよ、と心のなかで謝り続けていたら、あるともだちは、最期を飼い主に見られたくなくて、犬や猫はいなくなるっていうこと、よくあるらしいよ、と慰めてくれた。
亡骸は、わたしが引き取りに行くまで、ケンネルから行きつけの獣医のクリニックに預けられ、厚いバスタオルにくるまれたそのからだはまだ生きているかのようで、しばらく抱いていた。
クリニックからのちに届いたカードの詩が心を打った。
by ymomen
| 2017-06-23 07:53
| 家族
|
Trackback
|
Comments(0)